〝選ばれるはず〟だった令嬢がいるのに、彼は私と契約結婚する


 ラウンジ内に叫ぶようにして響き渡った声。

 ぼんやり考え事をしていた頭が一瞬にして冴える。

 ラグジュアリーな空間で各々ティータイムを楽しんでいる人々がざわつき始める。

「莉桜」

 父に声をかけられたときには、すでに席を立ち上がっていた。

「行ってくる。失礼します」

 向かいのふたりに断り、ラウンジの中央で呼びかけているスーツ姿の女性スタッフの元に向かう。すぐ後から父も来てくれた。

「すみません、医師です。急病人ですか?」

 女性スタッフは「はい! お願いします」と詳しい状況を説明する間もなく先導していく。かなり緊急なのかもしれない。

 女性スタッフの後についていくと、ラウンジのフロアを出てホテルのロビー方面に向かっていく。

 その途中の通路の片隅で、スーツ姿の中年男性が床に座り込み、ホテルスタッフが集まっているのが目に飛び込んだ。

「医師です」

 周囲の人に身分を明かし、急変している男性の元に駆け寄る。

 男性は顔面蒼白で、血の気が引いたような顔をしながら拳を強く胸に宛てている。

「大丈夫ですかー? 胸が苦しいです? 横になりましょう」

 男性に応える余裕は皆無。集まってくれている人々に「スペース取らせてください」と周辺を空けてもらえるよう協力を訴え、男性の体を支えてその場で仰向けで寝かせる。

 私の後方で父が救急要請はしたのかと、ホテルスタッフに状況を確認しているのが聞こえた。

「緩めますね」

 横たわらせた男性のネクタイを解き、Yシャツのボタンを外していく。スーツのジャケットをめくり、ベルトとスラックスの留め具も外す。

「足を少し上げますよ」

 そのまま手早く、近くに落ちていた彼のものと思われる鞄を台にして足先を上げた。

 心筋梗塞の疑い……意識レベルも低下してる。

 依然として男性がこちらの呼びかけに反応する様子はなく、脈をとりながら口元に耳を近づけ呼吸の状態もチェックする。

 そんなときだった。後方で「医師です」と名乗る男性の声がし、患者の目の前で腰を下ろしている私の横に影が落ちる。

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