彼らの夏が終わる
 次の日の昼休み、愛香は四組の教室に向かった。

 教室の前で深呼吸してから、ゆっくりと教室に足を踏み入れる。


「一輝、ちょっと話があるんだけど」

「なに?」


 一輝の向かいで弁当を食べていた大雅は、さりげなく目を逸らした。


「バスケ部にね、助っ人を呼んだの」

「は?」


 腹の底に響くような低い声に、愛香はひるみそうになった。それでも拳をぎゅっと握りしめ、足を踏みとどまる。

 教室を満たしていたざわめきが、急に遠のいたような気がした。


「今のバスケ部、四人しかいなくて試合に出られないでしょ。だから、選手として入ってくれる人と、マネージャーを手伝ってくれる人にお願いしたの」

「なんだよ、それ」


 一輝はじろりと愛香を睨んだ。

 愛香は口をきゅっと結び、胸の鼓動を押さえるようにゆっくりと言葉を選んだ。


「今言った通りだよ。……海斗くんも、一輝と大雅にちゃんと引退試合をしてほしいって言ってたし」

「はっ、そうやって追い出そうってか」

「そんなこと言ってないでしょう」


 薄く笑う一輝に、愛香は辛抱強く話しかけた。


「このままじゃ、試合すらできないんだよ」

「だとしても……いや、だったら俺に相談しろよ」

「何を?」

「え」

「何を相談するの。二年生も減っちゃって、一年生も一輝におびえて辞めちゃって、今いる海斗くんと翔くんにもきつく当たって……そんな一輝に、何を相談するの?」

「ちょ、愛香言い過ぎ」


 大雅がやんわりと止めに入った。

 しかし一輝が立ち上がった。


「お前も、俺が悪いって、俺のせいだって思うわけ?」


 言い募る一輝に、大雅は辛抱強く説明した。


「……なんもかんもが一輝だけのせいとは言わない。でも、だから、愛香と海斗はできることをしてくれたんだろ。それを頭ごなしに否定しなくたっていいんじゃないの」

「頭ごなしに否定なんか……。俺は、その……愛香が」


 一輝は気まずそうに愛香と大雅を見比べ、視線の置き場を探すように目を泳がせた。

 二人が同じように困った顔をしているのを見て、一輝は唇を噛み、ゆっくりと椅子へ座りなおした。


「いきなり言われて……ちょっと、無理」

「……無理、なの」


 愛香が低い声で聞き返した。

 昨日の愛香の怒りを思い出し、大雅は思わず姿勢を正した。

 しかし、愛香はうつむいて黙りこくっていた。


「……愛香?」

「ねえ、一輝。一輝は何がしたいの?」

「え? 俺は……」


 困惑する一輝に、愛香はささやくような声で静かに言った。


「私は、一輝にも、大雅にも、海斗くんにも、翔くんにも、辞めちゃった一年生にも……みんなに楽しくバスケをしてほしかっただけなんだよ」


 そう言うと、愛香は踵を返し、そのまま静かに教室を出ていった。

 教室に残された一輝は、さっと顔色を変えて大雅を見た。


「……愛香、泣いてた?」

「や、ちょっと見えなかった」

「俺……駄目なんだよ。無理。愛香が泣くのだけは、本当に無理なんだ」

「自業自得すぎるだろ」


 今更慌てふためく一輝に、大雅は呆れた顔で笑うしかできなかった。

 大雅は、愛香がこのあと向かう先を思い浮かべた。

 ――きっと二組に戻って、相談するのだろう。三枝メイサに。

 見た目はバカっぽいギャルなのに、部活では厳しく、気が強いと噂の彼女のもとへ。


「まあ、乗り掛かった舟だし……ある意味俺も自業自得だもんな」


 大雅のつぶやきは、一輝には届かなかった。
 
< 10 / 90 >

この作品をシェア

pagetop