彼らの夏が終わる
 その日の放課後、メイサは藤也と並んで体育館へ向かった。


「俺も海斗(かいと)に泣きつかれたけどさ、向こうに受け入れる気がないんじゃ、どうしようもなくない?」

「まあね」


 メイサは足早に廊下を進みながら、小さく頷いた。


「それはそれとしてさ、黒杉がムカつくじゃん」

「どうでもよくない?」

「よくない。まなちゃん泣かして、まなちゃんと二年のなんとかくんの顔潰して、私と藤也まで振り回して、それで悲劇のヒロインぶるとか、マジ許さない。おまけに草野にマウント取られたし」

「なんで部長に?」


 不思議そうな顔の藤也をメイサは歩きながら見上げた。


「藤也、草野好き?」

「尊敬できる人ではあるよ」

「私は?」

「世界一かわいい俺の彼女です」

「……だよねえ」


 メイサは「はー」とため息をつき、体育館脇の外階段を上る。キャットウォークへ出ると、今度は足音を忍ばせるように歩いた。


「で、何しに来たの?」

「昼休みに草野と作戦会議してきたんだけど」


 そう言いながらメイサは座り込み、肩にかけていたカバンを探りながら体育館を見回した。


「なんでだよ、俺も呼べよ。ていうか部長に近づかないでくれる? 俺、あの人のこと結構好きだから、嫌いになりたくないんだけど」


 早口でまくしたてる藤也を見て、メイサはくすりと笑う。


「草野も藤也のこと気に入ってるみたいだし、相思相愛じゃん。よかったね」

「嬉しい……かなあ? 違う、なんだよ、作戦会議って」

「あのね。藤也に黒杉のこと、いてこましてきてもらおうと思ったんだ」

「いてこま……? なに?」


 メイサは答えず、じっと体育館を見据えた。その手には新品のノートと、使い古されたボールペンが握られている。表紙にはバスケットボールのステッカーが貼られていて、それに気づいた藤也は思わず口元をゆるめた。

 今日のバスケ部の練習メニューは、メイサが考えた内容をあらかじめ愛香に渡してあった。

 メイサの隣で藤也も階下をのぞくと、バスケ部の四人が体育館を何周も走っていた。


「なにさせられてんの、あいつら」

「走るフォームを見てるの。あの人たち、ちゃんとストレッチしてこなかったから、身体の左右のバランスも悪いし、筋肉の可動域も狭いんだよね」

「……なるほど。ごめん、つまり?」

「急な横移動がしづらいの。手首と足首が固いから、動ける範囲が狭くなってる。黒杉は股関節が固いね。あと、えっと……白石は腕だけでボールを扱ってるでしょ」


 やはりよくわからなかったので、藤也は黙ってバスケ部の練習を眺めた。

 四人は走り終えると、軽いストレッチと筋力トレーニングをこなし、その後は二対二のミニゲームを組み合わせを変えながら繰り返していた。

 藤也の目には「やらされているな」としか映らなかったが、隣ではメイサが恐ろしい勢いでペンを走らせている。

 やがて部活動が終わる午後五時半。最後のボールの音が体育館に響く中、メイサはぱたんとノートを閉じた。


「帰ろう」

「あ、もういいんだ?」


 藤也が尋ねると、メイサはノートをカバンにしまいながら、鋭い目でバスケ部を見やり、それから藤也を頭の先からつま先までじっと見つめた。


「な、なに?」

「明日から、放課後は体操服着といて」

「……俺は何をさせられるんだ?」

「言ったでしょ。黒杉をいてこましてもらうのよ」


 歩き出したメイサの後を追いながら、藤也はスマホを取り出し、「いてこます」の意味を調べた。


「……ええ」


 どうやら藤也は、黒杉を「やっつけ」なくてはいけないらしい。


「まあ……メイサが言うならやりますけど」


 藤也は呟いて、颯爽と歩くメイサの背中に続いた。

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