両思いだけど、片想い?

鉄の理性、ひび割れる音

「す、好きすぎて、ビビってる……!?」
ファストフード店の一角で、るるの顔は完全にゆでダコ状態になっていた。
耳の奥が熱くて、心臓がさっきとは違う意味でバクバクと暴れている。
「そうだよ。あいつ、お前の前では涼しい顔してるけど、裏じゃ『るるが髪型変えた、天使か』『るるが俺の服の裾をちょっと掴んだ、国宝に指定すべき』って、毎回俺のLINEを爆破してくるんだからな」
航平はポテトの最後の1本を口に放り込み、ニヤニヤと笑っている。
「じゃあ……あの、映画館で飛び上がってたのも?」
「触れたら理性が溶けるから、必死に距離取ったんだろ。どんだけ必死なんだよ、あいつ」
るるは両手で顔を覆った。嬉しさと、恥ずかしさと、愛おしさが一気に押し寄せてきて、感情のキャパシティが限界を突破しそうだ。
嫌われているどころか、そんなに想われていたなんて。
「……でも、それじゃあ、この先もずっと進展しないよ。俊太がそんなにヘタレじゃ、私、おばあちゃんになっちゃう」
「ヘタレ言うな、一応純情なんだよ。まあ、確かにあいつの『鉄の理性(笑)』は、外側からつつかないと一生壊れそうにないな」
航平は悪巧みをするような笑みを浮かべ、机をトントンと叩いた。
「いいか、るる。今週末、あいつとデートなんだろ? ――ちょっとだけ、仕掛けてみろよ」


航平に授けられた(というより、半ば面白がって提案された)作戦を胸に、るるは金曜日の夜、部屋のクローゼットの前で頭を抱えていた。
『いいか、俊太の理性はな、薄氷の上に乗ってるようなもんだ。お前からほんの少しだけ“隙”を見せれば、一発でヒビが入る』
航平の言葉が頭をぐるぐると駆け巡る。
「隙、って言われても……」
ベッドの上に広げられたのは、いつも通りのカジュアルなデニムや、無難なロングスカート。
(いつもと同じじゃダメだよね。俊太が、その……彼氏として、ドキッとするような……)
意を決して、るるはクローゼットの奥から、買ったものの気恥ずかしくて一度も着ていなかった、鎖骨がきれいに見えるノースリーブのサマーニットと、少しだけ膝が見えるフレアスカートを取り出した。
鏡の前で合わせてみると、自分で自分の肌の露出にドギマギしてしまう。
「俊太……本当に、私を見てドキドキしてくれるのかな」
付き合って3年目にして、まるで初めてのデート前夜のような、甘酸っぱい緊張感に包まれながら、るるは布団に潜り込んだ。


日曜日。待ち合わせ場所の駅前。
初夏の風が通り抜ける中、るるは緊張でガチガチになりながら立っていた。
「あ、るる! 待たせてごめん」
人混みをかき分けて走ってきたのは、大好きな恋人――俊太だ。
白いシャツを爽やかに着こなし、いつもの優しい笑顔を浮かべている。
「ううん、今来たところだよ。……俊太、おはよう」
「うん、おはよう。……って、あれ?」
俊太の目が、るるの服装に留まった。
いつもより露出の高い、大人っぽいコーディネート。
その瞬間、るるは見逃さなかった。俊太の喉仏が、ゴクリと大きく動いたのを。
「……どうか、した?」
「あ、いや! その、今日の服……すごく、似合ってる。可愛い、なと思って」
俊太はいつもの爽やかな笑顔をキープしようとしている。
が、航平の暴露を知った今のるるには分かった。俊太の耳の縁が、ほんのりと赤くなっていることに。
そして、さりげなく一歩、るるから距離を取ろうとしたことに。
(本当に……距離を取ろうとしてる。嫌いだからじゃなくて、ドキドキしてるからなんだ……!)
確信に変わった瞬間、るるの胸の奥から、いたずらな勇気が湧き上がってきた。


二人はいつものように、ウインドウショッピングを楽しみながら歩き始めた。
並んで歩く時の距離は、やっぱりいつも通りの「拳3個分」。
以前なら「寂しいな」と落ち込んでいたこの距離が、今のるるには愛おしくてたまらない。
チラリと俊太の横顔を見ると、彼はまっすぐ前を見つめ、軍隊のように正確な足取りで歩いている。
(俊太の頭の中、今はどうなってるんだろう……)
実は、その時の俊太の脳内は、まさに航平の言った通り「大爆発」の真っ最中だった。
『待て待て待て! 今日のるる、何!? 鎖骨見えてる! 肩出てる! 眩しすぎて直視したら目が潰れる! しかも歩くたびに、いつもと違う甘い匂いがする……っ! 神様、俺の理性を試してるんですか!? 触れたい、今すぐ手を繋いでこのまま連れ去りたい、でもダメだ! 紳士であれ、お利口さんであれ! 嫌われたくないだろ、俺!!』
心の中で絶叫し、血を吐くような思いで鉄の理性を維持している俊太。
そんな彼の苦悩を知ってか知らずか(知っているのだが)、るるは一歩、その距離を縮めた。


人通りの多い交差点。信号が赤になり、二人は立ち止まる。
いつもなら、人混みに流されそうになっても、俊太はるるの肩を抱くことも、手を引くこともしなかった。ただ、るるの前に立って壁になってくれるだけ。
(今日こそ、私からいくんだから……!)
るるはトク、トクと早くなる鼓動を感じながら、すっと手を伸ばした。
狙うは、俊太の白いシャツの袖口。
「ねえ、俊太」
「ん? どうした――」
俊太が振り返るのと同時に、るるは彼の袖口を、キュッと、少しだけ強めに引っ張った。
「……っ」
俊太の身体が、一瞬で凍りついたように静止した。
「あのね、私……」
るるは上目遣いで、俊太のまっすぐな瞳を見つめる。
航平から聞いた真実。自分の寂しかった3年間。そして、俊太への溢れるほどの「好き」の気持ち。
すべてを込めて、るるは少しだけ声を震わせながら言った。
「片想いじゃなくて……ちゃんと、両思いになりたいな」
「……え?」
俊太の声は、かすかに裏返っていた。
るるの言葉の意味を、脳が処理しようと高速回転しているのが分かる。
片想いじゃなくて、両思いになりたい。
それはつまり――今の状態じゃ、物足りないということ。
自分と同じように、触れ合いたいと、るるも思ってくれていたということ。
じわじわと、俊太の顔が耳の裏まで、いや、首筋まで真っ赤に染まっていく。
いつもの「お利口さんの仮面」が、ガラガラと音を立てて崩れていくのが、るるの目にもはっきりと見えた。
「るる……お前、それ、どういう……」
俊太の瞳に、これまでに見たことのないような、低く、熱い「男の熱」が灯る。
いつもは絶対に触れてこなかった俊太の手が、ゆっくりと持ち上がり、るるの細い手首へと伸びていく――。
『おい、俺の理性……もう限界だぞ』
3年間守り抜いた「鉄の仮面」が、ついに決壊の時を迎えようとしていた。
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