両思いだけど、片想い?
熱い手のひら
「るる……お前、それ、どういう意味か分かって言ってる?」
俊太の声は、いつもより1オクターブ低かった。
るるの細い手首を掴んだ彼の指先は、驚くほど熱く、そしてかすかに震えている。
「あ……」
予想以上の俊太の反応に、るるは声が詰まった。
いつもならここで「ごめん!」と手を離すはずの俊太が、離さない。それどころか、掴む力にぐっと強さが加わる。
「っ……、しま、った」
俊太が短く息を吐いた瞬間、信号が青に変わった。
周囲の歩行者が一斉に動き出す。人混みに押されるようにして、るるの身体が俊太の胸元へと倒れ込んだ。
いつもなら、俊太はここで華麗にステップを踏んで避けるか、紳士的に肩を支えるだけだった。
しかし、今の彼の理性はひび割れている。
気づけば、るるの腰に、俊太の大きな手が回されていた。
ぐい、と強く引き寄せられ、るるの鼻先に俊太の胸板が迫る。
白シャツ越しに伝わってくるのは、尋常じゃない速さで打つ、彼の心臓の音。
「トク、トク、トク、トク、トク!!」
(これ……俊太の心臓の音……!? 爆発しそうなくらい速い……!)
「……人混み、危ないから」
俊太は顔を背けたまま、ぶっきらぼうにそう言った。だけど、腰に回された手は、絶対に離さないというように、驚くほど力強く、るるを抱きしめていた。
交差点を渡りきっても、俊太はるるの体を半分抱きすくめたまま歩き続けた。
いつもなら「拳3個分」空けていた距離が、今は「0センチ」だ。るるの肩と俊太の胸が、歩くたびにぴったりと擦れ合う。
「し、俊太……? みんな見てる、よ?」
「見られてもいい。っていうか、今の俺、余裕ないから」
俊太はるるを引っ張るようにして、人通りの少ないビルとビルの間の路地裏へと滑り込んだ。
薄暗い空間。
ドン、とるるの背中がコンクリートの壁に軽く当たった。
いわゆる、壁ドンだ。
俊太が両手をるるの頭の両側につき、視線を塞ぐ。
いつもは優しく微笑んでいるはずの瞳が、今は獲物を狙う肉食動物のように鋭く、ギラギラと光っていた。
「るる。さっきの、どういう意味」
「え、あ……」
「『両思いになりたい』って、何。俺たち、付き合ってるだろ。俺がお前のこと、どれだけ好きか……分かってて言ったの?」
俊太の顔が、じりじりと近づいてくる。
彼の綺麗に形作られた唇が、るるの目の前数センチのところで止まった。
この時、俊太の脳内は、ついに「全面降伏」の白旗が上がっていた。
『あああもう無理だ!! 3年間頑張った俺のご褒美だろこれ!? るるの方から仕掛けてきたんだからな!? 「両思いになりたい」って、それ俺が何もしてこないから寂しかったってことだろ!? どんだけ可愛いんだよ、るる!!っていうか、近くで見たら今日の服、本当にヤバい。鎖骨綺麗すぎるし、肌白すぎるし、触れたら壊れちゃいそうだけど、もう我慢の限界だ! 紳士の仮面なんて、どぶ川に投げ捨ててやる!!』
「俊太、顔、すごく赤いよ……?」
るるが怯えながらも、そっと俊太の頬に手を伸ばそうとする。
その瞬間、俊太は自分の頭を片手で抱え、ガバッと後ろに飛び退いた。
「っあーーーーーーー!!! ダメだ! 無理!!」
「ひゃいっ!?」
俊太は路地裏の壁に頭を打ち付けんばかりの勢いで悶絶し始めた。
「るる、お前さ、無自覚って本当にタチ悪い! 俺がどれだけ! 毎日お前を五体満足で家に帰すために、血の滲むような精神修行をしてると思ってんだよ!!」
「え、えええ!?」
ついに、俊太の口から「裏の顔」が直接飛び出した。
「修行って何よ! 私、俊太に嫌われてると思って、この3年間ずっと泣きそうだったんだからね!?」
るるも負けじと、溜まっていた不満をぶつける。
「嫌うわけないだろ!! 好きすぎておかしくなりそうなのを抑えてんだよ!」
俊太は髪をボサボサにかきむしりながら、顔を真っ赤にして叫んだ。
「いいか!? 手を繋がないのはな、お前の手が小さくて柔らかすぎて、一度握ったら二度と離したくなくなるからだ! 映画館で飛び跳ねたのは、お前の肩が当たって俺の心臓が停止しかけたからだ! 3年前の付き合いたての時だって、お前を家まで送ったあと、嬉しさと興奮で家まで5キロ全力疾走して帰ったんだからな!!」
「ご、5キロ……!?」
次々と明かされる、ピュアを拗らせすぎた男の衝撃の実態。
「今日も……! なんだよその服! 確信犯だろ! そんな可愛い格好で『両思いになりたい』なんて泣きそうな顔で言われたら……俺が、どれだけ理性保つのに必死か……っ」
俊太はがっくりと膝をつき、両手で顔を覆った。
「……嫌われたく、なかったんだよ。お前を大事に、大事にしようって、それだけ考えてたのに……」
情けない姿を見せる俊太。だけど、その言葉のすべてが、るるへの愛に満ち溢れていた。
膝をつく俊太の前に、るるはゆっくりとしゃがみ込んだ。
真実を全部知った今、胸にあるのは寂しさじゃない。
破裂しそうなほどの愛おしさだ。
「俊太」
るるは、そっと俊太の、大きくてゴツゴツした手を両手で包み込んだ。
「ひゃいっ」
変な声をあげる俊太。
「私、壊れたりしないよ。俊太が、私のこと大事にしてくれようとしてたのは、すごく嬉しい。……でもね、私、お人形になりたいわけじゃないの」
るるは俊太の手をぎゅっと握りしめ、彼の目を見つめた。
「手を繋いだら離したくなくなるなら、ずっと離さなきゃいいじゃん。……私、俊太の、お利口さんじゃないところも、見てみたい」
「……っ」
俊太の瞳に、再び火が灯る。
今度の火は、さっきよりもずっと深くて、消えそうにない熱い火だ。
ゆっくりと立ち上がった俊太は、握られたるるの手を引き、自分のポケットの中に一緒に突っ込んだ。
「……後悔しても、知らないからな」
付き合って3年目。二人の距離は、「拳3個分」から「ポケットの中の0センチ」へと、ようやく一歩を踏み出したのだった。
俊太の声は、いつもより1オクターブ低かった。
るるの細い手首を掴んだ彼の指先は、驚くほど熱く、そしてかすかに震えている。
「あ……」
予想以上の俊太の反応に、るるは声が詰まった。
いつもならここで「ごめん!」と手を離すはずの俊太が、離さない。それどころか、掴む力にぐっと強さが加わる。
「っ……、しま、った」
俊太が短く息を吐いた瞬間、信号が青に変わった。
周囲の歩行者が一斉に動き出す。人混みに押されるようにして、るるの身体が俊太の胸元へと倒れ込んだ。
いつもなら、俊太はここで華麗にステップを踏んで避けるか、紳士的に肩を支えるだけだった。
しかし、今の彼の理性はひび割れている。
気づけば、るるの腰に、俊太の大きな手が回されていた。
ぐい、と強く引き寄せられ、るるの鼻先に俊太の胸板が迫る。
白シャツ越しに伝わってくるのは、尋常じゃない速さで打つ、彼の心臓の音。
「トク、トク、トク、トク、トク!!」
(これ……俊太の心臓の音……!? 爆発しそうなくらい速い……!)
「……人混み、危ないから」
俊太は顔を背けたまま、ぶっきらぼうにそう言った。だけど、腰に回された手は、絶対に離さないというように、驚くほど力強く、るるを抱きしめていた。
交差点を渡りきっても、俊太はるるの体を半分抱きすくめたまま歩き続けた。
いつもなら「拳3個分」空けていた距離が、今は「0センチ」だ。るるの肩と俊太の胸が、歩くたびにぴったりと擦れ合う。
「し、俊太……? みんな見てる、よ?」
「見られてもいい。っていうか、今の俺、余裕ないから」
俊太はるるを引っ張るようにして、人通りの少ないビルとビルの間の路地裏へと滑り込んだ。
薄暗い空間。
ドン、とるるの背中がコンクリートの壁に軽く当たった。
いわゆる、壁ドンだ。
俊太が両手をるるの頭の両側につき、視線を塞ぐ。
いつもは優しく微笑んでいるはずの瞳が、今は獲物を狙う肉食動物のように鋭く、ギラギラと光っていた。
「るる。さっきの、どういう意味」
「え、あ……」
「『両思いになりたい』って、何。俺たち、付き合ってるだろ。俺がお前のこと、どれだけ好きか……分かってて言ったの?」
俊太の顔が、じりじりと近づいてくる。
彼の綺麗に形作られた唇が、るるの目の前数センチのところで止まった。
この時、俊太の脳内は、ついに「全面降伏」の白旗が上がっていた。
『あああもう無理だ!! 3年間頑張った俺のご褒美だろこれ!? るるの方から仕掛けてきたんだからな!? 「両思いになりたい」って、それ俺が何もしてこないから寂しかったってことだろ!? どんだけ可愛いんだよ、るる!!っていうか、近くで見たら今日の服、本当にヤバい。鎖骨綺麗すぎるし、肌白すぎるし、触れたら壊れちゃいそうだけど、もう我慢の限界だ! 紳士の仮面なんて、どぶ川に投げ捨ててやる!!』
「俊太、顔、すごく赤いよ……?」
るるが怯えながらも、そっと俊太の頬に手を伸ばそうとする。
その瞬間、俊太は自分の頭を片手で抱え、ガバッと後ろに飛び退いた。
「っあーーーーーーー!!! ダメだ! 無理!!」
「ひゃいっ!?」
俊太は路地裏の壁に頭を打ち付けんばかりの勢いで悶絶し始めた。
「るる、お前さ、無自覚って本当にタチ悪い! 俺がどれだけ! 毎日お前を五体満足で家に帰すために、血の滲むような精神修行をしてると思ってんだよ!!」
「え、えええ!?」
ついに、俊太の口から「裏の顔」が直接飛び出した。
「修行って何よ! 私、俊太に嫌われてると思って、この3年間ずっと泣きそうだったんだからね!?」
るるも負けじと、溜まっていた不満をぶつける。
「嫌うわけないだろ!! 好きすぎておかしくなりそうなのを抑えてんだよ!」
俊太は髪をボサボサにかきむしりながら、顔を真っ赤にして叫んだ。
「いいか!? 手を繋がないのはな、お前の手が小さくて柔らかすぎて、一度握ったら二度と離したくなくなるからだ! 映画館で飛び跳ねたのは、お前の肩が当たって俺の心臓が停止しかけたからだ! 3年前の付き合いたての時だって、お前を家まで送ったあと、嬉しさと興奮で家まで5キロ全力疾走して帰ったんだからな!!」
「ご、5キロ……!?」
次々と明かされる、ピュアを拗らせすぎた男の衝撃の実態。
「今日も……! なんだよその服! 確信犯だろ! そんな可愛い格好で『両思いになりたい』なんて泣きそうな顔で言われたら……俺が、どれだけ理性保つのに必死か……っ」
俊太はがっくりと膝をつき、両手で顔を覆った。
「……嫌われたく、なかったんだよ。お前を大事に、大事にしようって、それだけ考えてたのに……」
情けない姿を見せる俊太。だけど、その言葉のすべてが、るるへの愛に満ち溢れていた。
膝をつく俊太の前に、るるはゆっくりとしゃがみ込んだ。
真実を全部知った今、胸にあるのは寂しさじゃない。
破裂しそうなほどの愛おしさだ。
「俊太」
るるは、そっと俊太の、大きくてゴツゴツした手を両手で包み込んだ。
「ひゃいっ」
変な声をあげる俊太。
「私、壊れたりしないよ。俊太が、私のこと大事にしてくれようとしてたのは、すごく嬉しい。……でもね、私、お人形になりたいわけじゃないの」
るるは俊太の手をぎゅっと握りしめ、彼の目を見つめた。
「手を繋いだら離したくなくなるなら、ずっと離さなきゃいいじゃん。……私、俊太の、お利口さんじゃないところも、見てみたい」
「……っ」
俊太の瞳に、再び火が灯る。
今度の火は、さっきよりもずっと深くて、消えそうにない熱い火だ。
ゆっくりと立ち上がった俊太は、握られたるるの手を引き、自分のポケットの中に一緒に突っ込んだ。
「……後悔しても、知らないからな」
付き合って3年目。二人の距離は、「拳3個分」から「ポケットの中の0センチ」へと、ようやく一歩を踏み出したのだった。