両思いだけど、片想い?

キスまで、あと1センチ

俊太の大きくて熱い手が、るるの手を包み込んだまま、彼のコートのポケットに収まっている。
ただ「手を繋いで歩く」という、世間のカップルが当たり前にやっていることが、今の二人にとっては宇宙飛行並みの一大イベントだった。
「るる……手、冷たい。もっと奥まで入れろ」
「う、うん……。俊太の手、すごくおっきいね」
「お前が小さすぎるんだよ……。心臓に悪い……」
前を向いたまま、耳まで真っ赤にして呟く俊太。
ポケットの中では、お互いの手のひらの汗がじっとりと伝わってくる。でも、どちらからも絶対に離そうとはしなかった。
その日の夜、るるはすぐに航平に電話をかけた。
『おー、るる? どうだったよ、作戦は』
「航平……! 手、繋げた……っ! ポケットの中で、ぎゅって……!」
『ぶはっ、まじか! あいつ、ついに一線(※手を繋ぐ)を越えたか!』
「うん! それでね、俊太、毎日私のことで脳内大爆発してたって、全部自分で白状したよ」
『ギャハハ! 傑作だな。まあ、おめでとう。だがな、るる。あいつの「鉄の理性」の本番はここからだぞ。手を繋いだだけで命懸けなんだから、キスなんてなったらあいつ、マジで失神するんじゃねぇか?』
航平の笑い声を聞きながら、るるはふとベッドに寝転がった。
(手を繋ぐだけで、これ。……じゃあ、キスは? その先は……? 俊太と私が、そんなことする日なんて、本当に来るのかな)
高鳴る胸を抑えながら、るるは新しい未来に胸を膨らませていた。


手を繋げるようになってから3ヶ月。
季節は進み、大学のサークル仲間たちと数人で「コテージを借りてお泊まり旅行」に行く計画が持ち上がった。
メンバーにはもちろん、るると俊太、そしてカモフラージュ(?)を兼ねた航平も含まれている。
「え、お泊まり……!? るると、泊まり……!?」
大学の食堂で旅行の計画を聞かされた瞬間、俊太は持っていた箸を落とした。
「うん! みんなでBBQして、コテージに泊まるんだって。楽しそうだよね、俊太!」
「た、楽しそう、だな……。あは、あははは……」
引き攣った笑顔を浮かべる俊太の横で、航平がニヤニヤしながらるるに目配せをする。
その夜、俊太から航平へ、狂気じみたLINEが連投された。
『おい航平どうする!? お泊まりだぞ!? るるのパジャマ姿!? るるのすっぴん!? 同じ屋根の下で一晩過ごすとか俺の理性が耐えられるわけないだろ!! 部屋は男女別だよな!? 絶対別だよな!? もし同じ部屋になったら俺は一晩中部屋の隅で般若心経を唱えることになるぞ!!』
航平はスマホを見ながら、「あいつ、本当にブレねぇな」と呆れ果てていた。


そして迎えた旅行当日。
緑に囲まれた美しいコテージで、昼間はみんなでBBQを楽しみ、大いに盛り上がった。
俊太もるるを気遣いながら、楽しそうに笑っていた。
しかし、夜が更けた頃。事件は起きる。
「じゃあ、買い出しのジャンケンな!」
サークルの先輩の提案で、近くのコンビニまで夜食を買いに行くメンバーをジャンケンで決めることになった。
結果――負けたのは先輩たちと航平。
「留守番」としてコテージに残されたのは、運悪く(あるいは航平の仕込みによって)、るると俊太の二人きりになってしまった。
「みんな、すぐ戻るからなー!」
バタン、と大きなドアが閉まり、静寂がコテージを包み込む。
リビングのソファに座る、るると俊太。
二人の間には、きっちり「拳3個分」のディスタンスが復活していた。
手を繋げるようになったとはいえ、誰もいない密室というシチュエーションに、俊太の「お利口さんの仮面」が再び発動していた。
(ふたりきり……。心臓の音が、俊太に聞こえちゃいそう……)
パジャマ代わりのTシャツとショートパンツ姿のるる。
俊太は、その生足が視界に入らないよう、必死に天井の一点を見つめていた。


「俊太……? 天井に何かあるの?」
「いや、何でもない! 素晴らしい木目だなと思って!」
「もう、またそうやって目を逸らす……」
るるが少し拗ねて、俊太に近づこうとした、その時だった。
ピカッ! ゴロゴロ。
突然の雷鳴とともに、コテージの電気が一斉に消えた。
「きゃっ!?」
山沿いの天気が急変したらしい。完全な暗闇。
るるは思わず、近くにいた俊太の身体に抱きついた。
「うおっ!?」
俊太の身体が硬直する。
「こ、怖……い……、俊太、真っ暗だよ……」
「る、るる……大丈夫だ、ただの停電だから……。すぐ、つく、から……っ」
暗闇の中、るるの柔らかい身体が、俊太の胸にぴったりと押し付けられている。
Tシャツ越しに伝わる、るるの体温。甘いシャンプーの匂い。
俊太の脳内は、ついに過去最大規模の「核爆発」を起こしていた。
『待て待て待て!!! 暗闇! 二人きり! 抱きつかれてる! るるの胸が当たって……いや紳士であれ俺! 般若心経! 般若心経!! でも無理だ! るるが怖がってる、守らなきゃ、でも、このまま抱きしめたら、俺は本当に……!!』


「俊太……あったかい」
暗闇に目が慣れてくると、窓からの月明かりで、お互いの顔がうっすらと見えてきた。
るるは、俊太の胸に顔を埋めたまま、じっと彼を見上げる。
俊太の目が、激しく揺れていた。
「るる……お前、本当に……いい加減にしろよ」
俊太の声が、掠れている。
彼はゆっくりと、るるの肩を両手で掴んだ。
突き放すためじゃない。自分の方へ、引き寄せるために。
「俺が、どれだけ我慢してるか……お前は、本当に分かってない」
「俊太……」
俊太の顔が、ゆっくりと降りてくる。
いつもなら絶対にあり得ないスピードで、二人の唇の距離が縮まっていく。
5センチ、3センチ、1センチ。
お互いの熱い息がかかる距離。るるは静かに目を閉じた。
付き合って3年目。ついに、夢にまで見たファーストキスが――
カチャ。
「おーい! 買い出し戻ったぞー! って、停電してんじゃん!」
「「っっっ!!!!」」
玄関のドアが開く音と、航平の空気の読めない大声が響き渡る。
その瞬間、俊太は音速の動きでるるから飛び退き、ソファの端で頭を抱えて丸まった。
「あ、あ、あと一歩で、俺の3年間の清純が……っ!」
息を切らす俊太。
あと一歩のところで「キス」を逃したるるは、暗闇の中で、恥ずかしさと、そしてほんの少しの物足りなさに、じりじりとした想いを募らせるのだった。
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