拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
リップ以外は自分で購入し、かなりいい値段になってしまったが華は後悔していなかった。そして、朔弥に買ってもらったリップは今度こそ無くさないぞと心に決めて、大事に持っていた。
二人はあてもなくブラブラと街を歩いた後、静かな店に入って休憩時間にした。普段から昼食を一緒に取っているというのに、今日はどこか落ち着かなかない。特に朔弥は、華がいつもと雰囲気が違うので戸惑ってしまっている。
趣のあるカフェで、店内はそれなりに人はいるが静かだった。そういえば、初めて華とゆっくり話した時も、こういう静かな喫茶店だったっけ、と朔弥は思い出す。
華はメニューをじっと見つめていた。肩にかかる黒髪がさらりと零れる。たったそれだけの光景に、朔弥は夢中で目が離せなかった。
「私、ケーキセットにします。深見さんは?」
「えっ」
まさかメニューの事なんて考えず華を見ていたなんて言えず、慌てて朔弥は悩んだフリをする。
「け、ケーキ美味しそうだよな~悩むなー!」
「美味しそうですよね。私はイチゴのタルトにします」
「そういえば、ラインのアイコン、ケーキだよね? 甘い物好きなの?」
「はい。結構、好きです」
「俺も昔から好きで……でもほら、リバウンド怖いからあんまり食べてないんだよね。この前久々に佐々山さんから貰ったチョコを食べて、凄く美味しかった」
朔弥が苦笑いすると、華が首を傾げる。
「時々食べるくらいなら大丈夫だと思います。普段の昼食を見る限り、摂取カロリーも適切に見えますから、そんなに恐れなくても大丈夫じゃないでしょうか」
「……じゃあ、俺もケーキ頼んじゃおうかな」
朔弥はわくわくした顔でチョコレートケーキを選んだ。その表情が可愛らしくて、つい華の表情が緩む。
二人で注文すると、ケーキはすぐに運ばれてきた。お互い嬉しそうにケーキを見つめ、一口食べて笑顔になる。
「チョコレート濃厚!」
「タルトはサクサクしてて美味しいです」
「あ~止まらなくなりそう!」
美味しいケーキに舌鼓を打つ。たわいない話をしながら、時間が和やかに流れていく。
しばらく穏やかにケーキを食べていた二人だが、少しして華は一旦フォークを置いて静かに頭を下げた。
「今日は誘ってくださってありがとうございました。おかげで私も買い物が出来ました」
「いや、俺は何もしてないし……結構買ってたよね」
「これまで全然買ってこなかったので……でも、私もいい加減少しは変わりたいなと思っていたんです。今日、いろいろ教わって楽しかった。家でも練習が必要だと思いますが、頑張ります」
朔弥はコーヒーを飲む手を止める。そして、ずっと疑問に思っていたことを口に出した。
「会社もそのメイクで行くの?」
「まあ、行けたら。せっかく買ったしやり方も教わったので……急にどうしたんだよって笑われるかもしれませんが、気にしないでおこうと決めたんです」
「いや、笑われるなんて……」
ありえない。だって、めちゃくちゃ可愛い。朔弥は心の中で呟く。
元々綺麗な顔立ちをしていると気が付いていた。でも華は眼鏡に一つ結びをした髪と化粧っ気のない顔で、あまり目立つタイプではなかった。
華が前向きにメイクを楽しむのはいいことだと思っている。でも今の華が会社に行ったら……。
(……他のやつには、見せたくないって思っちゃうな……絶対モテるじゃん)
男が放っておくわけがない。一気にモテて、他の男たちがこぞって狙いだしたら……。
黙ってしまった朔弥を、どうしたんだろうとばかりに華が見てくる。朔弥はブラックコーヒーをゆっくり飲み、甘ったるい口の中を苦みで流した。
ゆっくりカップを置くと、静かに彼は切り出す。
「……そうだ、ちょっと相談したいんだけど。女性に告白するとして、セリフが痛くないか教えてほしい」
「えっ」
予想外の相談に、華は目を丸くする。これまでも朔弥の言動を注意はしてきたが、まさか告白という重要なシーンの相談をされるなんて。
(……もしかして、大島さんに……?)
ぐっと胸が痛む。
元々、美鈴に連絡先を聞いていたシーンを華が見てしまったことで始まった関係性。その後、朔弥は自分の言動を改めて好感度はかなり上がっている。恐らく、美鈴も彼への印象がだいぶ変わったはずだ。確かに、告白したら可能性はあると思う。
(……なんでこんなに苦しいんだろう)
まだ半分以上残っているケーキを見つめながら華は心の中で呟く。あんなに美味しかったのにもう進みそうにない。
でも、せっかく相談してくれてるんだからちゃんと答えないと。
華は顔を上げてしっかりと答えた。
「分かりました。聞かせてください」
「ありがとう。じゃあやっぱり、『俺の女になれよ』でどう?」
朔弥はふざけるようにして言った。華はふふっと小さく笑う。
「却下です」
「やっぱりか。じゃあ、『一生俺の隣にいる権利をやろう』」
「レベルが上がってますね。また漫画読んだんですか?」
「バレたか。正月に実家に帰ったから、久々に読んだんだ」
また華は笑った。心にあるもやを隠すように。
「よしこれだ。『俺の彼女にしてやる』」
「好きな人に言われたとしてもドン引きますね」
「『俺のそばにいろ。命令だ』」
「殴られると思います」
「はは。相変わらずストレート。
じゃあ……『好きなので、付き合ってください』」
真っすぐで素直な言い方が、彼らしい、と思った。
捻りもいらない、かっこつけもいらない。絶対に深見さんは、そういうセリフが似合う。
華は優しく笑った。
「……いいと思います」
「……よかった」
彼にあんな風に告白をされれば、断る人なんていないかもしれないとすら思う。大島さんと付き合えば、こんな風に二人で出かけるなんてできなくなるし、お昼を一緒に食べるのも無理だろう。
あ、でも付き合ってからも高価な物は貢がないようにだけ助言をしておかないと。美鈴が本当に朔弥と誠実に付き合ってくれるのならば、いらぬ心配なのだけれど。
「あの、深見さ」
「佐々山さん。好きなので、付き合ってください」
朔弥はまっすぐ華の目を見ながら、はっきりとそう口にした。