拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由


 華が指定された場所へ行くと、賑やかそうな飲み屋だったので眉をひそめた。

 会社帰りのサラリーマンが楽しそうに酒をたしなんでいる。こういう場所が嫌いなわけではない。ただ、今日は『大事な相談事があるのでどうしても来てほしい』と後輩に言われたのでやってきたのだが、どう見ても相談事をする場所に見えなかったのだ。

 酒はあってもいいが、もう少し静かな場所の方がいいのでは……?

 首を傾げつつ店内に入り、予約の名前を告げて案内された場所を見て華は絶句した。

「あ、佐々山さん、おそ~い!」

 待っていたのは女が二人、男が三人。向かい合って座っており、華が座れば三×三の構成が仕上がる。

 華に駆け寄ってきたのは、大島美鈴だった。

 華と同じ職場の二十四歳。目がクリっとして可愛らしく、焦げ茶色のストレートの髪は手入れが行き届いている。男性社員がいつも熱い視線を送っているのが分かる女性だ。

 可愛らしいだけではなく、どことなく『か弱く守ってあげなくちゃ』という儚さを感じる。だから今日、美鈴から『相談したいことがある』と言われた華は素直に指定された場所に来てしまった。

 本当は自分は相談なんてされる立場じゃないし、他に相応しい人がいると断った。でも美鈴の『佐々山さんに聞いてほしい』という強い言葉を信じてきたのに。

 これは明らかに合コンでは?

 唖然としている華を、美鈴は背中を押して座敷に座らせた。美鈴と、もう一人は隣の部署の女性だったか。美鈴と同い年で、これまた可憐な女性だった。

「全員揃いました~! 乾杯しましょ!」

 頼んでもない泡のなくなったビールが目の前に置かれている。ちなみに美鈴たちは甘そうなカクテルだった。

 華は慌てて隣の美鈴に小声で言う。

「大島さん、どういうこと? 相談事があるって言ってましたよね」

「私どうしても佐々山さんと飲んでみたくて……仲良くなりたかったんです! 楽しく飲みましょうよ?」

 美鈴は悪気もなくニコッと笑った。華が何か言い返そうするより前に、誰かが乾杯の号令をかける。周囲は一気に盛り上がってグラスを掲げた。

 この雰囲気に水を差すことも出来ず、華は無言でビールを少し飲んで小さく唇を噛んだ。

(合コンって知ってたら来なかった……みんな年下そうだし)

 向かいに座る男性陣も、見たところ年下で美鈴たちと笑顔で会話をしている。華の事を見てくる人は誰もいなかった。見覚えがあるので、同じ会社の違う部署の人だろう。

 仕方なく華は無言で飲み会に付き合った。運ばれてきたドリンクをせっせと配り、汚れた皿を回収してテーブルをスッキリさせる役に徹する。

 そんな華に、美鈴は一言も話題を振らなかった。

 『佐々山さんと飲んでみたかった』と言った割に、こちらを見ることすらしない。

 華は一人、盛り上がる会話にも入らず黙々と食事を取った。

 それからしばらくしてメイン料理も終わり、そろそろ最後のアイスクリームが出てくるという頃。華は無言でトイレに立ち、個室の中でふうとため息をついた。

(こういう場は苦手なんだけど……人数合わせに使われたな)

 きっと女性陣の人数がそろわず、自分を無理やり呼んだに違いない。大人しめに見られるので、『この人なら黙って付き合ってくれるはず』とでも思われたのだろう。

 それにしても一人だけ年も違うのに呼ぶなんて……。

(もう恋愛とかそういうの、ほんとにいいのに)

 華の脳裏に浮かんだのは、一人の男性の顔。もうしばらく会っていないので、今はもう少し雰囲気が変わっているだろう。

 その顔を振り払うように華は首を振る。あとはデザートだし、そろそろ帰ろう。どうせいてもいなくても変わらないし。

 鏡で簡単に髪だけ直すと、再びあの座敷に戻った……時だった。

「え、あの人って何歳なの? 俺らより年上っしょ?」

 男性陣が面白おかしく話しているのが耳に入った。それに続く、美鈴の声。

「たしか三十歳!」

 二十七歳だ。

「えー! 俺もっと上かと思ったし!」

「地味だし静かだから老けて見えるわー!」

 それは私が悪い。化粧っ気もなく地味な恰好をしてるから。

 自分の話題が出されていることに気付いた華は気まずく思ってうろうろした。知らないフリをして入ればいいだろうか? ちょっとタイミングがよくないな……。

 悩んでいるうちに、男性が続ける。

「同じ部署なんでしょ? 連れてきたってことは仲いいの?」

 それに対して美鈴が答える。

「うーん私は仲良くなりたいと思ってるけど、話しかけてもあんまり盛り上がらないんだよねえ……なんかね、噂で聞いたけど、佐々山さんって結婚しそうだったのにフラれたことがあるんだって!」

 『えー!』『婚約破棄ってやつー!?』と場が一層盛り上がった。華は体が固まって動けなくなる。

「それを知ってたから、佐々山さんには新しい恋愛とかしてほしくて……だって可哀想じゃない? だから今日誘ったんだけど、全然話さないからびっくりしちゃった。余計なお世話だったのかも……」

「美鈴ちゃん優しー! いや気にしなくていいっしょ。俺らがあの人のお目に敵わなかったんでしょ」

「つか俺たちと年が離れすぎてて、話題についてこられなかったんじゃねーの! あの人、七歳も離れてんだろー? 俺ストライクゾーン広いけど、七歳上は無理ー!」

「あれは年が同じでも無理だろ、女として見れないって!」

「やだー佐々山さんに悪いって! 佐々山さんにもいい所あるんだよ。私の先輩なんだから悪口はダメだよ!」

「美鈴ちゃん優しいなー」

 げらげら大笑いするみんなの声。

 それを聞きながら、ぐっと華は拳を握った。そして目の前のふすまに手を開け、思い切り開いた。

 パンっと高い音を立てながらふすまが開くと、皆はぴたりと笑いを止めて華を見る。華の表情を見て、聞かれた、とすぐに理解した。

「……あ、佐々山さん……」

 華はつかつかと自分の席に行き、持っていた鞄から財布を取り出してお金を置いた。そして美鈴に向かってにっこり笑う。

「お先に失礼しますね。大島さん」

「は、はい?」

「私、二十七歳です。それとこういう気の使い方は結構です。では」

 それだけ言うと、美鈴の方は見ずにその場から立ち去った。周囲の人間はぽかんとしている者、まずいと顔を歪めている者、何も気にしていなさそうな者……それぞれだ。

 華は居酒屋から出て、まっすぐ駅に向かって歩き出す。空は真っ暗で、分厚い雲によって星一つ見えなかったが、飲み屋の明かりでそれを気に掛けるものはいなかった。

 冷たい風が肌を突き刺し、ぶるっと震えたが、華にとっては寒さより先ほどの会話の方がずっと心を冷えさせた。

(どこで噂が流れたんだろう……大島さんが知っていたなんて)

 ぎゅっと唇を噛む。
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