拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
「しまったな、入って早々部長に面倒を掛けてしまいました」
屋上から階段を下りながら、浩一はははっと笑う。美鈴は優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ~。ちょっと確認したいことがあるって言ってたので」
「昼休み中にすみません。お手を煩わせて」
「私は全然平気です! あのー、さっき聞こえてしまったんですけど。佐々山さんと付き合ってたんですねえ? 私、佐々山さんと仲よしなんです!」
「そうなんですか!」
ぱあっと浩一の顔が明るくなる。
「じゃあ友達として華に助言してあげてください。何かやけに意地になってて……」
「そうみたいですねえ。でも私、佐々山さんと秋山さんが別れた後合コンに行ったんですよ。佐々山さんに新しい恋愛してほしいな~って……佐々山さん、全然乗り気じゃなかったんです。きっと秋山さんが忘れられないんだろうなあって思ってたんですよ」
美鈴は悲しそうに俯いてそう言った。浩一はなお嬉しそうに顔を緩める。
「そうですか! やっぱり……」
「佐々山さんと秋山さん、凄くお似合いです。私、佐々山さんに幸せになってほしい! だから……
協力しますよ。二人の事」
美鈴は目を細めて口角を上げた。
「ほんとですか!」
「はい、もちろーん。絶対、佐々山さんと結婚してくださいね?」
「はい。あいつと結婚すれば、俺は元の生活に戻れる。まったく、変な女が近寄って来なければ……」
「秋山さん素敵だから、いろんな女が寄って来ちゃうんですよ。気を付けてくださいね」
「ははは、ほんとですね」
美鈴は優しい笑みを浮かべながら心で呟く。
(こんな男と五年も付き合ってたってまじ? すんごいバカ。でもお似合いだけどね)
最近調子に乗ってるみたいだから、ちゃんと正してあげないと。
お前に似合う場所はそこじゃない、って。
昼休みを終え、華も朔弥も外に仕事に出ていた。外回りをしていると浩一に会わずに済むのが幸いだった。
夕方になり、棒のようになった足で会社に戻りながら、今日の事を思い出していた。
(浩一がまさか来るなんて……あれで諦めてくれたらいいけど)
ヨリを戻す気はないときっぱり言った。ただ、納得している様子はなかった。一度話さないといけないんだろうか。でも正直、今更話したくない。自分の中では終わったことだったから。悪いけど顔も見たくなかったのに。
(ただ……深見さんが庇ってくれたのは、嬉しかったな……)
その時のシーンを思い出し、心が温かくなる。
土曜日に出かけて告白されて、一旦保留にしてある。日曜はまず必死にメイクの練習をして、自分に自信が持てるように頑張った。同時に朔弥について考えてみたけれど、やはり自分は彼へ好意を持っていると思う。
今日のことがあって、なおさらそれを確信した。自分を気遣って、庇ってくれた彼の姿が目に焼き付いて離れない。
浩一のせいで二度と恋愛なんてしたくないと思っていた自分を、前向きにしてくれた存在。きっと彼は浩一とは違うはず。
告白の返事をしたい。
ただ……
(なんか……このタイミングだと、浩一から逃げるために利用してるみたいじゃない?)
華はがくりと項垂れた。
付き合うとなれば、彼の事だから『俺と付き合ってます!』と宣言してくれると思う。そして、これまで以上に全力で華を守ってくれる。でも自分の過去の話に、そこまで付き合わせるのはどうなんだろう。
こんなバタバタしてるときに交際をスタートさせるなんて。申し訳ない気がする。
はあとため息をつきながら会社に入り、オフィスに向かう。
憂鬱な気分のまま中に入ると、視界に浩一の姿が入る。今は仕事に集中しているようで、華に気付いてはいなかった。
ほっとしながら席に座り、とりあえず仕事をこなさないと、と自分を戒めた。やるべきことは山積みなのだから。
華がきりっとした表情でパソコンを扱っていると、同僚の女性社員がつつつっと寄って来た。朝、華のメイクを『似合う』と言ってくれた、丸井というショートカットの女性だ。
「ねえねえ佐々山さん? ちょっと聞いていい?」
ひそひそと小声で華に尋ねてくる。
「はい、なんでしょうか」
「秋山さん知り合いなの?」
ぐっと華の表情が強張る。
浩一はみんなの前で華を呼んでいたし、二人が知り合いであることは明白だった。みんな気になっているのだろう。
華の様子を見て丸井が慌てて言う。
「あ、言いたくなければ……」
「……大学が、一緒で。……元カレです」
迷った挙句華は正直に言った。
ここで隠していても仕方がないと思ったのだ。どうせ浩一からそのうち漏れるに違いない。
丸井は目を真ん丸にした。
「え!!? もしかして噂の……!」
言いかけて、しまったとばかりに口を噤む。華は苦笑いした。
「……そうですね、婚約破棄された相手です」
華は婚約破棄されたことがある、という噂が広まっていることは知っていた。恐らく、丸井も聞いたことがあったのだろう。ただ、理由までは広がっていないはず。
彼が浮気して他の女性を妊娠……結果的にはしていなかったのだけれど、そういう一連の流れまでは知られていない。