拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
丸井は慌てて言う。
「ご、ごめんね……!」
「いえ、事実なので」
「え、でもさ。細かいことは知らないけど、なのにわざわざうちに転職してきたって、ちょっとどうなの?」
丸井が眉をひそめて言った。華はこくりと頷く。
「びっくりして……気まずい、です」
「だよねえ! 普通避けるよね? えーなんで来たんだろ? ヤダね!」
丸井が顔を歪めてそう言ったので、華は何だかふっと気が楽になった。
出来れば婚約破棄のことは知られたくなかった。それが自分の知らない間に広まっていることは本当に辛かったし、今も話すのに勇気が必要だった。
でもこうして華に寄り添ってくれる人がいるのなら、言ってよかったのかもしれない、と思う。
基本的に同僚と雑談などせず、一人淡々と仕事をこなすタイプだったが、そんな自分の気持ちを考えてくれた丸井に感謝する。
「あまり関わらないようにしようかな、と思っています」
「それがいいよ~! で……深見さんとはどうなの?」
丸井はさらに声を潜めながら、目を輝かせて尋ねた。華はぶわっと頬を赤く染める。
「えっ。あ、あの、ま、まだ何も……」
「……あ~うんうん、そう~!」
華の顔を見て丸井は察し、にやにやと笑う。朝のこともあり、二人がいい感じなのは間違いない。でもこれ以上ツッコむのも野暮だと丸井は考えた。
「OKOK~! 佐々山さんってクールなイメージだけど結構表情豊かなんだねえ~!」
「あ、そ、そんなことは……」
「仕事中にごめんね! また話聞かせてね!」
丸井はひらひらと手を振って自分の席に戻っていく。華はその後ろ姿を眺めながら、胸をなでおろした。
知らない間に噂が回ってるより、自分の口から話した方がいいな。
表情を緩めて再びパソコンの方を向いた時、甘えるような高い女の声が聞こえた。
「佐々山さ~ん!」
振り返ると、美鈴が眉尻を下げて立っていた。なんとなく嫌な予感がしたが、それを表情に出さず華は答える。
「はい、どうしましたか」
「ほんっとうに申し訳ないんですけど……これ、お願いできませんか? 今日中なんですけど……」
「えっ、今日!?」
「私すっかり忘れてて……明日必要なんですけど、今、先方でトラブルが起きてて行かなきゃいけないんです……ほんっとうにすみません! 埋め合わせは必ずします!」
美鈴が深々と頭を下げて言った。
(今日は予定もないし……)
華は仕方ないとばかりに受け取る。
「分かりました」
「佐々山さん、ありがとうございます! 今度お礼しますね!」
美鈴は笑顔になり、慌てた様子で荷物を持って出て行ってしまった。トラブルなら仕方ない。こういう時は助け合いだ。
華は美鈴から貰った資料を確認する。華ならそこまで時間はかからなそうだ。
だが、どうやら資料室で過去の物を探す必要がある内容だった。何も言ってこなかったということは、美鈴は用意してないんだろう。ちらりと時計を見ると、もう終業時間間際だ。
(自分で取りに行くかな)
華は立ち上がり、資料室へ向かった。
廊下の先にある資料室は、華はあまり訪れたことがなかった。普段は営業事務に頼むことが多いからだ。急ぎの時などは自分で取りに来るが、最後に来たのは結構前だった。
扉を開けると、紙の匂いがふわっと漂ってくる。この匂い、結構好きだなあと心で呟く。
終業間近という時間のせいか、中には誰もいなかった。窓のない資料室は少し暗く、華は電気を点ける。
「えーとどのへんだっけ……」
一人呟きながら、ずらりと並んだ資料の棚を眺める。普段使うことがあまりないため、探し慣れていない。棚に貼られたラベルを眺めながらしっかり確認していく。
するとその時、背後から声がした。
「へーここが資料室なんだ」
反射的に体が固まる。
ゆっくりと振り向くと、浩一が入り口の扉の前で笑って立っていたのだ。
「……浩一……」
「お疲れ、華。残業大変だね。ほら、華が好きなドリンク、買ってきたんだ。あとお菓子も! あげるよ」
浩一は笑って手に持っていたジュースとチョコレートを差し出した。確かに華が好きな物だったが、今は全くほしくない。
「……お気持ちだけで結構です」
「せっかくだから受け取ってよ。ほら、置いておくから」
「資料室は飲食禁止ですし」
「あ、そっかあ。俺入りたてでいろいろ覚えなきゃいけないなあ。教えてよ」
「……私じゃなくてもいいでしょう」
「仕事に私情を入れるんだ?」
鼻で笑いながらそう言われ、華はぐっと押し黙った。確かに、今は仕事中。入って来たばかりの彼に仕事に関しての説明をするのもその一つだ。
華はすっと視線を逸らしながら言う。
「……過去の企画書・提案書など、多くの資料があります。ここは取引先ごとのファイルにまとめられていて……」
「へえー凄い。それで華は今何を探してるの? 俺、手伝うよ。もう上がっていいって言われたし」
「上がっていいと言われたなら上がってください」
「つれないなー。五年も付き合ったのに」
浩一が口を不満げに口を尖らせる。華は浩一の方を見ないようにして、再び資料を探し出す。
「……もう終わったことですし、仕事以外の話題を出さないでもらえますか」
「……華。さっきの男、誰?」
低い声が言われたので、驚いて振り返る。浩一が怖い顔をして華を見ていた。
「なんかやたら俺たちの邪魔してくるよね。もしかして華の事が好きなのかな? 結構モテそうな感じに見えたけど、華を狙うのはちょっと意外だな。それに狙っても無駄なのにね。華は綺麗になったけど、それは俺のためだし」
「……何言ってるの?」
つい、華が呆れたような声を出した。
「あなたのためなわけないでしょう。あんな別れ方をしていて、その自信はどこからやってくるの? これは私が私のためにやったこと。決して浩一のためじゃない」
「俺が華を傷つけたのは事実だ。本当に申し訳ないと思ってる。華は、その悲しみをバネにして頑張ったんじゃないのか? だとしたら、結果的に俺のために頑張ったってことになる」
なるわけない。どういう考えなの?
そう答えたいのに、人間は呆れすぎると物も言えなくなるらしい。
「ご、ごめんね……!」
「いえ、事実なので」
「え、でもさ。細かいことは知らないけど、なのにわざわざうちに転職してきたって、ちょっとどうなの?」
丸井が眉をひそめて言った。華はこくりと頷く。
「びっくりして……気まずい、です」
「だよねえ! 普通避けるよね? えーなんで来たんだろ? ヤダね!」
丸井が顔を歪めてそう言ったので、華は何だかふっと気が楽になった。
出来れば婚約破棄のことは知られたくなかった。それが自分の知らない間に広まっていることは本当に辛かったし、今も話すのに勇気が必要だった。
でもこうして華に寄り添ってくれる人がいるのなら、言ってよかったのかもしれない、と思う。
基本的に同僚と雑談などせず、一人淡々と仕事をこなすタイプだったが、そんな自分の気持ちを考えてくれた丸井に感謝する。
「あまり関わらないようにしようかな、と思っています」
「それがいいよ~! で……深見さんとはどうなの?」
丸井はさらに声を潜めながら、目を輝かせて尋ねた。華はぶわっと頬を赤く染める。
「えっ。あ、あの、ま、まだ何も……」
「……あ~うんうん、そう~!」
華の顔を見て丸井は察し、にやにやと笑う。朝のこともあり、二人がいい感じなのは間違いない。でもこれ以上ツッコむのも野暮だと丸井は考えた。
「OKOK~! 佐々山さんってクールなイメージだけど結構表情豊かなんだねえ~!」
「あ、そ、そんなことは……」
「仕事中にごめんね! また話聞かせてね!」
丸井はひらひらと手を振って自分の席に戻っていく。華はその後ろ姿を眺めながら、胸をなでおろした。
知らない間に噂が回ってるより、自分の口から話した方がいいな。
表情を緩めて再びパソコンの方を向いた時、甘えるような高い女の声が聞こえた。
「佐々山さ~ん!」
振り返ると、美鈴が眉尻を下げて立っていた。なんとなく嫌な予感がしたが、それを表情に出さず華は答える。
「はい、どうしましたか」
「ほんっとうに申し訳ないんですけど……これ、お願いできませんか? 今日中なんですけど……」
「えっ、今日!?」
「私すっかり忘れてて……明日必要なんですけど、今、先方でトラブルが起きてて行かなきゃいけないんです……ほんっとうにすみません! 埋め合わせは必ずします!」
美鈴が深々と頭を下げて言った。
(今日は予定もないし……)
華は仕方ないとばかりに受け取る。
「分かりました」
「佐々山さん、ありがとうございます! 今度お礼しますね!」
美鈴は笑顔になり、慌てた様子で荷物を持って出て行ってしまった。トラブルなら仕方ない。こういう時は助け合いだ。
華は美鈴から貰った資料を確認する。華ならそこまで時間はかからなそうだ。
だが、どうやら資料室で過去の物を探す必要がある内容だった。何も言ってこなかったということは、美鈴は用意してないんだろう。ちらりと時計を見ると、もう終業時間間際だ。
(自分で取りに行くかな)
華は立ち上がり、資料室へ向かった。
廊下の先にある資料室は、華はあまり訪れたことがなかった。普段は営業事務に頼むことが多いからだ。急ぎの時などは自分で取りに来るが、最後に来たのは結構前だった。
扉を開けると、紙の匂いがふわっと漂ってくる。この匂い、結構好きだなあと心で呟く。
終業間近という時間のせいか、中には誰もいなかった。窓のない資料室は少し暗く、華は電気を点ける。
「えーとどのへんだっけ……」
一人呟きながら、ずらりと並んだ資料の棚を眺める。普段使うことがあまりないため、探し慣れていない。棚に貼られたラベルを眺めながらしっかり確認していく。
するとその時、背後から声がした。
「へーここが資料室なんだ」
反射的に体が固まる。
ゆっくりと振り向くと、浩一が入り口の扉の前で笑って立っていたのだ。
「……浩一……」
「お疲れ、華。残業大変だね。ほら、華が好きなドリンク、買ってきたんだ。あとお菓子も! あげるよ」
浩一は笑って手に持っていたジュースとチョコレートを差し出した。確かに華が好きな物だったが、今は全くほしくない。
「……お気持ちだけで結構です」
「せっかくだから受け取ってよ。ほら、置いておくから」
「資料室は飲食禁止ですし」
「あ、そっかあ。俺入りたてでいろいろ覚えなきゃいけないなあ。教えてよ」
「……私じゃなくてもいいでしょう」
「仕事に私情を入れるんだ?」
鼻で笑いながらそう言われ、華はぐっと押し黙った。確かに、今は仕事中。入って来たばかりの彼に仕事に関しての説明をするのもその一つだ。
華はすっと視線を逸らしながら言う。
「……過去の企画書・提案書など、多くの資料があります。ここは取引先ごとのファイルにまとめられていて……」
「へえー凄い。それで華は今何を探してるの? 俺、手伝うよ。もう上がっていいって言われたし」
「上がっていいと言われたなら上がってください」
「つれないなー。五年も付き合ったのに」
浩一が口を不満げに口を尖らせる。華は浩一の方を見ないようにして、再び資料を探し出す。
「……もう終わったことですし、仕事以外の話題を出さないでもらえますか」
「……華。さっきの男、誰?」
低い声が言われたので、驚いて振り返る。浩一が怖い顔をして華を見ていた。
「なんかやたら俺たちの邪魔してくるよね。もしかして華の事が好きなのかな? 結構モテそうな感じに見えたけど、華を狙うのはちょっと意外だな。それに狙っても無駄なのにね。華は綺麗になったけど、それは俺のためだし」
「……何言ってるの?」
つい、華が呆れたような声を出した。
「あなたのためなわけないでしょう。あんな別れ方をしていて、その自信はどこからやってくるの? これは私が私のためにやったこと。決して浩一のためじゃない」
「俺が華を傷つけたのは事実だ。本当に申し訳ないと思ってる。華は、その悲しみをバネにして頑張ったんじゃないのか? だとしたら、結果的に俺のために頑張ったってことになる」
なるわけない。どういう考えなの?
そう答えたいのに、人間は呆れすぎると物も言えなくなるらしい。