拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
「佐々山さん……!」
「深見……さん。わ、私……」
「大丈夫?」
朔弥の優しい声が、さらに涙をあふれさせる。華はわっと声を上げて泣くと、朔弥に思い切り抱き着いた。一瞬驚いた朔弥も、すぐに華を落ち着かせるためにその背中を優しく撫でる。
そのまま、朔弥は部屋を眺めた。ほとんど口を付けていない料理、ビデオカメラ……一体ここは何なんだ。
「お前……なんで、家に……不法侵入だぞ! しかも急に暴力振るって……」
起き上がった浩一が朔弥を睨みつけながら言った。殴られたせいで出た鼻血が顔面を染めている。
朔弥は冷静に答えた。
「助けて、って声が聞こえれば入って来るだろ。そんなのまかり通ると思ってんのか」
「華がふざけて言っただけだよ! 俺たちは復縁してヨリを戻したんだからな!!」
「……この期に及んで、何を……もういい。話しても無駄だ。警察を呼ぶ」
そのセリフを聞いて、浩一が初めて顔色を変えた。
わけが分からない、という表情をしている。
「え……? け、警察ってそんな、大げさな……」
朔弥は華に小声で『ちょっとごめん』というと、華の手を離して颯爽と立ち上がった。浩一は何かを察し、慌ててビデオカメラの方へ向かう。
だが朔弥の方が早かった。朔弥はセットしてあったビデオカメラを素早く手に取り、苦々しい顔をした。
「これで一体何を撮ろうとしてたのか考えたくもないけど、自分で一部始終全てを撮影してくれてるという点は感謝したい」
「……別に、二人の仲がいい光景を撮ろうとしただけ。大したものは映ってない! むしろ、華が自分でうちにやって来たことも映ってるから! あとは食事して、話して……」
そう話す浩一の声は震えている。自分で説明しながらも、微かに残る正常な部分が、自分は不利だと教えてくるからだ。
確かに華が自分で部屋にやって来た。それは間違いないけど、結局華は食事も食べなかったし、助けてと言っていた……。あのビデオにはそれが映っている。もしかすると、まずいのかもしれない。
朔弥は冷たい声で言う。
「『助けて』って言ったんだよ、佐々山さん。外にいる俺に聞こえるぐらいの声で。立派な拒絶だよね? まあいいや。そんなに言うなら別に警察に見せても構わないじゃん。大したもの映ってないんでしょ?」
にっこりと朔弥が笑う。浩一の顔が一気に青ざめた。
「え、ちょ、ちょっと待てよ。そんな大げさな……」
「大げさかどうかは警察に話せばわかる」
「……え? え? な、なんでえ?」
浩一は混乱したように言い、矛先を華に向けた。
「は、華!」
華の体がびくっと反応する。
「ご、ごめんって。そ、そんなに嫌がってるとは思わなかったんだよ。だって、ほんの半年前までやってたことじゃん!」
そう、俺たちは五年もそういう生活を送って来た。どちらかの部屋に行って食事を食べたり、手を繋いだりキスだってしてきた。だから別にまた同じことをしても、華が本気で嫌がるなんて思ってなかった。
知らない男に触られるとは雲泥の差があるはず、と。
「昔と同じように過ごしたら、華もあの頃の気持ちを思い出すかと思ったんだよ……! だから家に呼んで、食事も用意して。華と昔みたいに過ごす動画を撮っておけば、もう他の男も邪魔してこないと思って!」
きっと華も情が戻るはず。
そう信じていた。
「だから……」
「話しかけないで」
華の強い声が浩一を襲った。華は涙で濡らした顔を持ち上げ、しっかり浩一を睨みつける。
「あなたと付き合ってた自分が馬鹿みたい。絶対許さない」
「は……華」
「もう顔も見たくない。声も聴きたくない」
浩一は愕然とする。
「そ、そんな……だって、華は五年も俺と付き合って……華はいつも優しかったし、俺を大事にしてくれたから……今回も頑張れば許してくれると思って……」
「私は絶対に許さない!! あなたのことは好きじゃないの! 戻れるなんて思わないで。死んでもごめんだから。指一本も触れてほしくない!」
華の強い拒絶に、ようやく理解した浩一は頬をひくひくと痙攣させた。
そんな、まさか。
がくりと頭を垂らし、ぶつぶつと小声で呟く。
「だって……華は分かってくれると思って……親も友達もみんな華の味方で……だから……」
朔弥はビデオカメラをしっかり持ったまま華の元へ戻り、華を立ち上がらせた。浩一を見下ろして軽蔑の眼差しを向ける。