拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
すっかり暗くなってしまった外を、華と朔弥が歩いていた。
浩一の家から出て、タクシーを捕まえるためにゆっくりと足を進めている。そこそこ車通りの多い二車線の歩道は、心許ない街灯があるくらいで薄暗い。辺りはアパートなどの住宅が多く、静かだった。
しばらくして、華が改めてお礼を言った。
「深見さん、本当にありがとうございました……」
「え? いや、全然。よかったよ間に合って」
朔弥が来てくれなかったら、と思うとぞっとする。彼が入って来てくれた時、本当に嬉しかった。
そこで華はずっと抱いていた疑問をぶつけた。
「でもどうしてここに?」
「ああ……あの後仕事を再開しようとしたら、大島さんのことを聞かれて説明したんだよ。そしたら、大島さんと仲いい子が『西ヶ原台の方だから遠いのにタクシーなんて』って言ったんだよ。友達だろうから引っ越してたら知ってるはずだし、なんか変だと思って」
「そうだったんですか……でもあのアパートが分かったのは」
「俺、二人がタクシーに乗る時そばにいたでしょ。大島さんが運転手に行き先を告げるとき、アパート名を言ってたの聞いてたんだよね」
「……よく覚えてましたね!」
華は素直に感心した。自分は美鈴が告げた行き先なんて全く聞いてなかったし、聞いていたとしても覚えていないと思う。
思えば朔弥は、田舎にある支店から本社に呼ばれた人で、すでに営業成績も結果を出しているし、とんでもなく頭がよくてできる人なのでは……? 華は今更そんなことに気が付いた。
「たまたまだよ。嫌な予感がしたからタクシー乗ってアパートについて、あとは手あたり次第インターホン。他の部屋にも行ったから、何事かと怪しまれたよ。多分俺、怖い顔してたしね」
「そうだったんですか……深見さんが来てくれなかったらどうなってたか。本当に、ありがとうございます」
華は深く頭を下げたので、朔弥は慌てて止めた。
「佐々山さんがそんなに頭を下げることじゃないって! それに……俺、あいつに散々偉そうなことを言ったけど、冷静になって考えてみれば、あいつを責めれないなって。俺も同じようなことを……」
そこまで言った朔弥は一瞬口籠り立ち止まると、次の瞬間華に思い切り頭を下げた。
「佐々山さん、昨日は本当にすみませんでしたっっ」
「えっ」
「なんか意識が飛んじゃって、佐々山さんが可愛かったから……いや待て犯罪者の言い訳そのままだ。最低だ。本当にごめんなさい!」
朔弥がキスの事を謝っているんだと、華はすぐに気が付いた。
驚いた後、すぐに華の表情が緩む。きっと一日中、気にしてたんだろうなあと想像して。
「頭を上げてください、深見さん」
「でも俺は……! あいつと何ら変わりなくて……!」
「全然変わります。私昨日、『助けて』なんて叫びましたか?」
優しく華が問うと、朔弥が少し顔を上げる。
「……いや、それは……」
「嫌だって言ったり、やめてって言いましたか?」
「……まあ、驚きとか恐怖で普通は声も上げられないだろうし……」
「深見さん。私はあなたを家に上げて、あなたが近づいてきたとき自ら目を閉じて受け入れました。それは私もそうなることを望んでいたから」
そこまで言って、ようやく朔弥がゆっくりと体を起こした。呆然とした顔で華を見ている。
華は彼の顔をまっすぐに見て、嬉しそうに笑った。
「よく考えました。考えて考えて、やっぱり私はあなたが好きだと思いました」
「…………」
「今日、怖い目に遭った時、深見さんに助けて……って祈ったんです。そしたら本当に本人が現れてびっくりしました」
「……え、俺……」
「こんな私でよければ、お付き合いしてくださいませんか」
しばし朔弥は呆然と華の顔を見つめるしか出来なかった。
きっと自分は華にフラれてしまう──そんなふうに思っていた彼にとって、華の答えは衝撃的だったのだ。
朔弥が固まってしまい、何も返事をしてこないので、華は恥ずかしくなって俯きもじもじと指先を動かす。
「あ、あの……何か言っていただけると……」
徐々に顔が赤くなっていく華を見て、朔弥は何も言わずに彼女を抱きしめた。
息が白くなる寒さの中で、体温を分け合うように密着する。華も恐る恐る朔弥の背中に手を回し、朔弥の熱をしっかり感じ取るように力を込めた。その行為が、ぐっとまた朔弥の気持ちを高ぶらせる。
「ほんとに俺で大丈夫かな……俺、昨日は試されていたのかと」
「試す、ですか?」
「家に上げても紳士でいられるかどうか。てっきりテストに不合格だと思った」
「そんな体を張ったテストしませんよ。もう、答えは決まっていたんです」
「……そっか」
「あ、でも『俺とキス出来たことを光栄に思えよ!』はちょっと引きました」
「ごめんなさい!!」
朔弥が食い気味に謝ると、華が笑う。そっと体を離した二人は、お互いを見つめ合って笑った。