拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
 華は絶句する。

 まさかあの時の会話を全部録音されていたなんて思わなかった。しかも、ここだけ聞くと華と浩一が上手く行ってるように聞こえてしまう。

(……信じられない……全部、この時のために用意したの……?)

 確かに、体調が悪いふりをして華を浩一の部屋に連れて行った事実は、すぐに追及されてしまう。でもこうしておけば、美鈴は『付き合ってる二人の仲を取り持つために協力した』ということになる。そうなると一気に見方は変わる。

 美鈴は何も考えずに動いてたわけではないらしい。

「こ、これは……」

「ね? 私は親切心で二人に協力したのに、なんか悪者にされそうになってびっくり……佐々山さんこそ、私に何か恨みでもあるんじゃないですか?」

 美鈴の目が一気に潤む。

「私を嵌めようとしたんですよね? なんで……私何かしましたか? ひどいですよ……そもそも、どうして深見さんには付き合ってないなんて嘘ついたんですか? もしかして、二股かけようとしたんですか?」
 
 美鈴が言ったのを聞いて周囲が一気に華に注目した。

 二股? 秋山さんと深見さんを? ……そんな声が小さく聞こえてくる。華は呆然と立ちつくしてしまう。美鈴がここまで手を回しているのは予想外だった。

 すると、黙っていた朔弥が動いて華を庇うように立った。華を安心させるように、肩に優しく手を置く。

 朔弥を見上げると、優しい目で華を見ていた。『大丈夫だよ』そんな風に言っているように見えた。すっと華の気持ちが楽になる。

 朔弥は美鈴を見ると、冷静に言った。

「いろいろと聞かせてくれてありがとう。じゃあ、今度はこっちの番ね」

 そしてにっこり笑うと、ポケットからスマホを取り出して今度は朔弥が再生する。聞こえてきたのは、浩一と朔弥が昨晩交わした会話だった。



『……で、大島って子が、華はまだ俺に気があるのは間違いないって。それで、自分が華を連れてくるからって提案されて……』

『それで大島さんが嘘の体調不良を装って、佐々山さんに付き添いをお願いしたんだね?』

『やり方は任せてたから知らないけど、そういう方法にしたんだと思う……』

『佐々山さんは何度もあなたに復縁はしないって言ったのに、結局大島さんの言う方を信じたんだ?』

『……あの子は華と仲がいいって言ってたから。いや、言い訳です。信じたい方を信じただけ……』

『同僚の体調不良を信じて家まで送ってきたら、復縁をやたら迫る元カレの家だった時の佐々山さんの恐怖心、分かる?』

『……ほんと、すみませんでした……』



 録音の証拠には、録音を。

 朔弥は昨晩浩一から聞き出した内容だった。

 先ほどまで余裕のあった美鈴の顔が翳る。周囲の反応も少し変わったと気づいたからだ。

(あのバカ、使えないだけじゃなくて巻き込むとか……さいっあく!!!)

 顔を引きつらせる美鈴に、朔弥は淡々と言う。

「これは昨日、秋山さんに許可を得て録音したもの。あの人はようやく佐々山さんとの復縁が無理だって諦めたから、全部正直に言ってくれたんだよ。この証言によると、君は秋山さんをそそのかした上協力してるよね。それどころか、昨日のことは君の提案だったって言ってる」

「……し、知りません。そ、そうだ、秋山さんが私に罪を擦り付けようとしたんですよ! 私は騙されたんです!」

 二人のやりとりに、周囲は何が本当か分からなくなって混乱してるようだった。小さな戸惑いの声が聞こえてくる。

「え、待ってどういうこと……? 秋山さんが復縁したがってたの? じゃあ、大島さんがさっき出してきた写真とか録音は?」

「でも、後ろ姿だけど確かに佐々山さんだったし、声も佐々山さんだったよ!」

「ええ? じゃあやっぱり佐々山さんと秋山さんは付き合ってたの?」

「ちょっと意味が分からない──」

 真相が不明な中、ざわざわと騒ぎだけが大きくなっていく。美鈴はにやりと笑った。

(私の証拠も確かなものなんだから。これがある限り、秋山の録音だけじゃ……)


「あの~……」


 突然入って来た第三者の声に、みんなが振り返る。困ったような顔をしつつ、恐る恐る小さく手をあげていたのは丸井だった。

 丸井の参入に、華や朔弥も目を丸くする。

(丸井さん? なんで……)

 華はきょとんとしている。

「すみません、もっと早く発言したかったんですけど。佐々山さんが秋山さんと付き合ってるっていうの、無理があるなあってずっと思ってたんです。
 だって秋山さんが入ってきたとき、私佐々山さんと話したんですよ。元カレだって正直に言ってくれました。言い方悪いけど凄く嫌そうで、『なるべく関わらないようにしたい』って言ってたんですよ。
 普通そうだと思います。理由は知らないけど、普通の男女の別れはともかく、向こうからの婚約破棄なんですよね? しかも噂になって佐々山さんは凄く傷ついたと思うし、それでこんな短期間の間で復縁ってありえないかな、と」

 まさか他の人間からそんな発言が出るとは思っておらず、美鈴はぎょっとした。華はいつも友達もいなければ雑談をするような人間でもなかったから、秋山の話をしているなんて予想もしていなかったのだ。

 当事者以外の意見が出ると、一気に周りの人間はそっちに信憑性を感じるようになる。

「確かに、婚約破棄してきた相手と復縁ってあまり信じられないよね。しかも秋山さん来たの一昨日じゃん。その間に復縁は早すぎだよね?」

「えーじゃあ、大島さんが出してきたやつって?」

 一斉にみんなが美鈴に注目し、美鈴は唇を震わせる。

(……まだ、まだ大丈夫。しらばっくれれば、きっと逃げられる──)

 そう自分に言い聞かせ、どう逃れようか必死に考えていると、追い打ちを掛けるように朔弥が口を開く。

「丸井さん、ありがとう。さて、大島さんにはまず質問に答えてもらうね。さっきの写真。
 なんであんな写真撮ったの?」

 美鈴は固まる。朔弥はため息交じりに続けた。

「人の家の玄関で、先輩が誰かと抱擁してる写真を普通背後から撮る? 撮らないでしょう」

「……それは……」

「同じく、あの音声は何? 俺の音声は初めにちゃんと許可を取ってるよ。『証拠のために録音します』ってね。でも君の音声は隠し撮りだよね。なんでそんな会話を録音する必要があった?
 それと、内容もだけど。あの会話、君が最後に秋山さんの名前を出してるだけで、佐々山さんは一度も秋山さんだとは言ってないんだよね。つまり佐々山さんは他の人のことを話してる可能性がある」

 『確かに……』と誰かが小さな声で呟いた。流れが変わってきているのを、美鈴は確かに感じている。

 まずい。

 まずいかもしれない。
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