拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
「そのまま就職。年上ばっかりの職場で、随分可愛がられたよ。そこで仕事を学んで、お金もそれなりに貰えるようになって、こっちへの異動が決まったんだけど」
そこで朔弥は深いため息をついた。
「東京のキラキラした生活に憧れてたんだけど! おしゃれな街で、彼女とか友達とか作って楽しむんだって! でも全然違うんだ、俺が発言するたびに変な顔されるんだけど!」
「でしょうねえ」
「不思議でっ……え、でしょうね??」
嘆いた朔弥は顔を上げる。前には、無表情のまま静かに紅茶を飲む華の姿。
「あの、今までの話で深見さんの半生はざっくり分かりました。でも一つ重要な部分が分かりません」
「なに?」
「その言動、何か手本や憧れがあるんですか?」
華は少し眉間にしわを寄せる。
深見が田舎育ちで、また少し前まで太っていたということは分かった。でも、それとこれは全く話が違う。彼が周りから距離を置かれている理由には当てはまらないからだ。
朔弥はきょとんとした顔で華を見た。
「言動? あ、姉ちゃんに借りた漫画のヒーローたちはもちろん参考にしてる!」
「……漫画?」
ピクリと華の眉が動く。
「そう。大学でまだ太ってた頃、女子には散々避けられて悩んでて。姉に相談したら、『まず中身を磨け!』って言われたんだよ。姉ってなかなかの漫画収集家で、家にずらっと少女漫画があったからそれを読んで……」
そこまで言った朔弥は、うっとりと目を細めた。
「恋愛ど素人の俺には衝撃的だったなあ……めっちゃかっこいいヒーローと可愛いヒロインの恋愛模様、凄くときめいたし……ハラハラするシーンもあるけどヒーローは絶対助けに来るし……」
「…………」
「あれにときめく女子たちの気持ちが分かったんだ。あれ参考にしたら間違いない! って思って読み漁って研究したよ」
これだ。
この人の大きなずれは、これだ。華は確信する。
田舎育ちでなおかつ本人も恋愛に無縁だった。そこで恋愛に関して学ぶために手に取ったのが姉が集めていた漫画。恐らくその姉は、よほど嗜好が偏っていたのではないか。
例えば『どSな彼』『ちょっと意地悪だけど一途な俺様』みたいな物ばかり集めていたとしたら……。
「なるほど……なんだか分かってきました」
「え、何が?」
「あなたの根本的なズレをです。はっきり言いますね。現実と少女漫画は違います」
華はきっぱり言ったが、朔弥はイマイチ理解していないようだった。
「え? そりゃ、漫画みたいなことは現実では起こらないって分かってるよ。でもだからこそ漫画に憧れるんでしょ? キャラは特に、女性の理想をぎゅっと集めたものでしょう。現実にはなかなかいないだろうけど」
「あなたが読んでいたのって、いわゆる意地悪な俺様とか、Sな彼とかそういうのじゃないんですか?」
「あっ! そうそう、まさに王道の!!」
目を輝かせて朔弥が言うのを見て、華は深いため息をついた。
……多分、悪い人じゃない。ただとことんズレてるし、世間知らずすぎる……。
「深見さん。分かりやすく言いますね。
そのキャラは、現実世界では受け入れられないことが多いと思います」
華の言葉を聞いて、朔弥の笑顔が凍り付く。だが華はお構いなしに続けた。
「もちろん一定数の需要はあると思います。でもかなり限られた人しか武器に出来ないと思います。一歩間違えれば大惨事になりかねない武器です。それに、その男性が元々持つ魅力ですから、あとから培おうとしても違和感だけが残る。はっきり言いますけど、深見さんは無理やり振舞ってるからなんか痛々しいし、あなたの顔や持ってる空気感に合ってないんです。それに研究した割には、セリフもちょっとぎこちないというかズレてると言うか」
「あっ……えっ……どストレート……」
「しかも異動してきたばかりなのに偉そうに見えます。仕事が出来るのは分かってますけど、とにかく偉そうです」
「あっ……二回も……偉そうって……」
「その言動を改めない限り、絶対に女性から敬遠され続けると思います」
華のとどめは、簡単に朔弥を打ちのめした。彼は愕然とした顔で真っ青になり、テーブルに伏せてしまう。
(あ……言い過ぎた。まあいいか。私はどうせ退職する予定だし……)
華は静かにまた紅茶を飲んだ。
こんな人がいるんだな、と華から見ると新鮮でもあった。ある意味素直なのだ。いくら田舎育ちだとはいえ、これだけ情報が溢れた社会の中で、よくもこんなに長く勘違いしてきたもだ。ああでも、思い込みが激しい人はいつの時代もいるのかな……。
しばらくそのまま朔弥は打ちひしがれていた。ついに華は紅茶を飲み終えてしまい、そろそろ帰るか、と財布を探すために鞄を漁る。
だが朔弥の低い声がそれを止めた。
「待って……奢るから、もう一杯……」
「もう全部話しましたが」
「ぐ、具体的に教えてもらえないかな。ちょ、ちょっと待ってね……はあ」
朔弥が顔を上げると、別人のようにやつれている。あんな言い方をされれば逆上する人もいそうだが、朔弥はそんなそぶりは見せなかった。
彼はすぐに店員を呼んで、華の紅茶のおかわりを頼んでくれる。
「……そうだったのか。俺、痛々しかったのか……東京に来るからには頑張らなきゃって思ってたんだけど、それが仇に……?」
「ああ、やっぱりその言動ここ最近始めたんですね」
「言ったけど、向こうは年上ばっかで、親戚のおじさんとおばさんに可愛がられてるって感じでさ。大学で女友達も作れなかったから出会いもなくて……あ、マッチングアプリで会ったことはあるけど、その時はいつもこんな風に振舞ってて……」
(マッチングアプリでこれが来たらきついな……決め顔で『今日は俺が奢ってやるよ。お前に財布出させるような小さい男じゃねえし』とか言ってそう)
それを想像すると、不謹慎だが少し面白いと思ってしまった。華は朔弥に尋ねる。
「ではこんな時なんて言いますか? 一緒に食事に行った女性と会計をする時」
「今日は俺が奢ってやるよ! 女に財布出させるような小さな男じゃねえし!」
わあ、当たった。
「……え、だめ?」
「失笑ものです。そんなことを言われるぐらいなら割り勘でいいと思います」
「え……」
華はさらに続ける。
「では、同僚女性が深見さんの連絡先を訊いてきたら」
「仕方ないな。俺は忙しいから返信が来たらラッキーと思えよ」
「……女性に褒められた時」
「当然の評価だな。まあ、見る目だけはあるんじゃねーの?」
すごい。
ここまで酷いセリフを出すのはある意味才能がある。
そこで朔弥は深いため息をついた。
「東京のキラキラした生活に憧れてたんだけど! おしゃれな街で、彼女とか友達とか作って楽しむんだって! でも全然違うんだ、俺が発言するたびに変な顔されるんだけど!」
「でしょうねえ」
「不思議でっ……え、でしょうね??」
嘆いた朔弥は顔を上げる。前には、無表情のまま静かに紅茶を飲む華の姿。
「あの、今までの話で深見さんの半生はざっくり分かりました。でも一つ重要な部分が分かりません」
「なに?」
「その言動、何か手本や憧れがあるんですか?」
華は少し眉間にしわを寄せる。
深見が田舎育ちで、また少し前まで太っていたということは分かった。でも、それとこれは全く話が違う。彼が周りから距離を置かれている理由には当てはまらないからだ。
朔弥はきょとんとした顔で華を見た。
「言動? あ、姉ちゃんに借りた漫画のヒーローたちはもちろん参考にしてる!」
「……漫画?」
ピクリと華の眉が動く。
「そう。大学でまだ太ってた頃、女子には散々避けられて悩んでて。姉に相談したら、『まず中身を磨け!』って言われたんだよ。姉ってなかなかの漫画収集家で、家にずらっと少女漫画があったからそれを読んで……」
そこまで言った朔弥は、うっとりと目を細めた。
「恋愛ど素人の俺には衝撃的だったなあ……めっちゃかっこいいヒーローと可愛いヒロインの恋愛模様、凄くときめいたし……ハラハラするシーンもあるけどヒーローは絶対助けに来るし……」
「…………」
「あれにときめく女子たちの気持ちが分かったんだ。あれ参考にしたら間違いない! って思って読み漁って研究したよ」
これだ。
この人の大きなずれは、これだ。華は確信する。
田舎育ちでなおかつ本人も恋愛に無縁だった。そこで恋愛に関して学ぶために手に取ったのが姉が集めていた漫画。恐らくその姉は、よほど嗜好が偏っていたのではないか。
例えば『どSな彼』『ちょっと意地悪だけど一途な俺様』みたいな物ばかり集めていたとしたら……。
「なるほど……なんだか分かってきました」
「え、何が?」
「あなたの根本的なズレをです。はっきり言いますね。現実と少女漫画は違います」
華はきっぱり言ったが、朔弥はイマイチ理解していないようだった。
「え? そりゃ、漫画みたいなことは現実では起こらないって分かってるよ。でもだからこそ漫画に憧れるんでしょ? キャラは特に、女性の理想をぎゅっと集めたものでしょう。現実にはなかなかいないだろうけど」
「あなたが読んでいたのって、いわゆる意地悪な俺様とか、Sな彼とかそういうのじゃないんですか?」
「あっ! そうそう、まさに王道の!!」
目を輝かせて朔弥が言うのを見て、華は深いため息をついた。
……多分、悪い人じゃない。ただとことんズレてるし、世間知らずすぎる……。
「深見さん。分かりやすく言いますね。
そのキャラは、現実世界では受け入れられないことが多いと思います」
華の言葉を聞いて、朔弥の笑顔が凍り付く。だが華はお構いなしに続けた。
「もちろん一定数の需要はあると思います。でもかなり限られた人しか武器に出来ないと思います。一歩間違えれば大惨事になりかねない武器です。それに、その男性が元々持つ魅力ですから、あとから培おうとしても違和感だけが残る。はっきり言いますけど、深見さんは無理やり振舞ってるからなんか痛々しいし、あなたの顔や持ってる空気感に合ってないんです。それに研究した割には、セリフもちょっとぎこちないというかズレてると言うか」
「あっ……えっ……どストレート……」
「しかも異動してきたばかりなのに偉そうに見えます。仕事が出来るのは分かってますけど、とにかく偉そうです」
「あっ……二回も……偉そうって……」
「その言動を改めない限り、絶対に女性から敬遠され続けると思います」
華のとどめは、簡単に朔弥を打ちのめした。彼は愕然とした顔で真っ青になり、テーブルに伏せてしまう。
(あ……言い過ぎた。まあいいか。私はどうせ退職する予定だし……)
華は静かにまた紅茶を飲んだ。
こんな人がいるんだな、と華から見ると新鮮でもあった。ある意味素直なのだ。いくら田舎育ちだとはいえ、これだけ情報が溢れた社会の中で、よくもこんなに長く勘違いしてきたもだ。ああでも、思い込みが激しい人はいつの時代もいるのかな……。
しばらくそのまま朔弥は打ちひしがれていた。ついに華は紅茶を飲み終えてしまい、そろそろ帰るか、と財布を探すために鞄を漁る。
だが朔弥の低い声がそれを止めた。
「待って……奢るから、もう一杯……」
「もう全部話しましたが」
「ぐ、具体的に教えてもらえないかな。ちょ、ちょっと待ってね……はあ」
朔弥が顔を上げると、別人のようにやつれている。あんな言い方をされれば逆上する人もいそうだが、朔弥はそんなそぶりは見せなかった。
彼はすぐに店員を呼んで、華の紅茶のおかわりを頼んでくれる。
「……そうだったのか。俺、痛々しかったのか……東京に来るからには頑張らなきゃって思ってたんだけど、それが仇に……?」
「ああ、やっぱりその言動ここ最近始めたんですね」
「言ったけど、向こうは年上ばっかで、親戚のおじさんとおばさんに可愛がられてるって感じでさ。大学で女友達も作れなかったから出会いもなくて……あ、マッチングアプリで会ったことはあるけど、その時はいつもこんな風に振舞ってて……」
(マッチングアプリでこれが来たらきついな……決め顔で『今日は俺が奢ってやるよ。お前に財布出させるような小さい男じゃねえし』とか言ってそう)
それを想像すると、不謹慎だが少し面白いと思ってしまった。華は朔弥に尋ねる。
「ではこんな時なんて言いますか? 一緒に食事に行った女性と会計をする時」
「今日は俺が奢ってやるよ! 女に財布出させるような小さな男じゃねえし!」
わあ、当たった。
「……え、だめ?」
「失笑ものです。そんなことを言われるぐらいなら割り勘でいいと思います」
「え……」
華はさらに続ける。
「では、同僚女性が深見さんの連絡先を訊いてきたら」
「仕方ないな。俺は忙しいから返信が来たらラッキーと思えよ」
「……女性に褒められた時」
「当然の評価だな。まあ、見る目だけはあるんじゃねーの?」
すごい。
ここまで酷いセリフを出すのはある意味才能がある。