悪魔は夜に笑う
しかし、この男は本当に変わっている。
普通、試し行動なんてされたらその時点で冷める。
だって多少なりとも人を傷つけることに変わりはないのだから。

10代ならまだ青いな、で済むけど私はもう29歳。立派な大人がすることじゃない。
なんであんなことしたんだろうと数年後に恥ずかしくなって後悔する言動のひとつに入りそうだ。


「愛結奈」


すると名前を呼ばれた。私という存在の輪郭を確かめるような、落ち着いて深みのある声だった。
顔をあげると蒼士郎くんは優しく微笑んでいた。
まどろみの中、柔らかい日差しに包まれているような感覚に陥って目が離せなかった。


「何考えてるか分からないけど、聞き分けのいい女にならなくていいから。俺の前ではわがままでいてよ」


ところが言葉の意味を理解して混乱した。
聞き分けのいい女こそが蒼士郎くんの求めている女性像では?
付き合う人も都合のいい女も、お利口さんばかり求めていた男の放つセリフじゃない。

わがままでいて、なんて真に受けちゃだめだ。
蒼士郎くんなりの意訳かもしれない。
この場面ではつまり、素直でいてくれってことだろうか。
うーむ、日本語って難しい。

頭を悩ませているとバックヤードから物音がしたから考えるのをやめた。
数秒後、赤嶺くんが顔を覗かせてきた。
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