悪魔は夜に笑う
「俺にとってマスターは、どんなに期待値を上げても失望する嫌な部分がない凄い人で」


曇っていた蒼士郎くんの表情が、雲から顔を出した月のように輝かしくなる。
マスターとの出会いが人生の分岐点だと、語らなくても伝わった。


「この人の下で働きたいって思って頭下げて働かせてもらうことになった。マスターが好きで始めた仕事だけど、今は楽しくてやってる」


家族以外に信頼できる人に出会えたことで蒼士郎くんの人生は明るくなったようだ。
ほっこりするようなあどけない笑顔を浮かべ、楽しいと語ってくれた。


「分かる、私もマスターは一生の推し……!」


激しく同感して蒼士郎くんの手を両手で掴むと、不可思議な顔をされた。
あれ、もっとしんみり聞いた方が良かった?


「あゆなさんって変な人だよね」


ついに面と向かって変人扱いされてしまった。
なんで?昂った気持ちを満面の笑みを添えて表現しただけなのに。


「この話するとさ、だいたい俺のこと怖いって言うんだよ。私は失望されたくないって」


あー、なるほどね。そういう反応が多いのか。
期待にそぐわなかったら自分のもとから離れて行っちゃうかもしれないって?
残念ながら私は全てを明け透けにしてるからなあ。
その上でこの男は私のこと好きって言ってるからね。


「寝顔変顔を喜んで収集する変人が何を失望すると言うのだね。私はこれ以上ない失態を演じているのだよ」


私はわざとふんっと鼻を鳴らして立ち止まり、力説した。
たぶん蒼士郎くんの人生にはユーモアが足りない。
だからこそ私を選んだのだろうと、最近なんとなくそう思っている。

私は泣いても転んでも過ぎ去れば持ちネタとして披露するような文化で生きてきたから、じめじめした気持ちを払拭させるのは得意だ。


「好きだよあゆなさん」


私のボケにどうツッコミを入れるかと思ったらまさかの展開。
でも、対応として間違いではなかったらしい。


「なっ、なんだね急に」

「口調そのままなんだ」


声を発する蒼士郎くんの口が、半円の綺麗な弧を描いて月明かりに照らされていたから。
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