サヨナラを言う準備は出来ていた。
★
この夏最初の花火が打ち上がり、俺はマンションのベランダに降り立った。
ざらざらと砂っぽいサンダルを引っかけて、手すり壁に寄りかかる。隔板の向こう、隣の部屋のベランダを覗きこむと、そこは無人だった。
ベランダが花火に照らされ赤に黄色に輝いた。
一瞬冷たい風が吹いたように感じたとき、隔板の向こう側で誰かがうずくまっていることに気づいた。
赤ん坊の頃からの幼なじみ、矢部那月だ。
那月の二の腕あたりまで伸びた黒髪が、さらりと落ちる。
那月の手の中のスマホが、ヴーヴーと絶え間なく振動していた。那月は電話に出る様子はない。それなら部屋に置いてくればいいのに、それもしない。
困った奴だな、とその旋毛を見下ろす。
心の中で那月と呼びかけると、まるで聞こえたかのように幼なじみが顔を上げた。
俺を見つけて、那月の顔がくしゃりと崩れる。