四つ葉の栞

最後の手紙

三月。

校庭の桜のつぼみが、少しずつ膨らみ始めていた。

図書室にも、春の静けさが流れている。

卒業まで、あと三日。

その言葉を聞くたびに、美紗樹の胸は苦しくなった。

「こんにちは。」

いつものように図書室へ入ると、カウンターには蒼がいた。

「こんにちは、富田さん。」

いつもと同じ笑顔。

その笑顔を見られるのも、あと少し。

美紗樹は借りていた本を返し、新しく一冊の小説を受け取った。

ページを開くと、四つ葉のしおりが挟まれている。

その裏には、蒼の字で書かれていた。

『この本が、卒業前におすすめしたかった最後の一冊です。』

美紗樹は胸が締めつけられた。

「最後」。

その二文字が、こんなにも寂しいなんて思わなかった。

家へ帰ると、いつものように便箋を広げる。

『卒業まであと少しですね。

先輩と本の話ができて、本当に楽しかったです。

これからも、たくさんの本を読んでください。』

ペンが止まる。

本当は違う。

「卒業しないでください。」

「もっと話したいです。」

「先輩が好きです。」

書きたい言葉はいくらでもある。

けれど、そのどれも便箋には書けなかった。

美紗樹は静かに便箋を折り、本の間へ挟んだ。

数日後。

卒業式の朝。

図書室には、制服姿の卒業生たちが最後の本を返しに来ていた。

蒼も、その一人だった。

返却された本を開く。

そこには、美紗樹からの最後の手紙。

蒼はゆっくりと読み終え、小さく笑った。

そして、新しい便箋を取り出す。

『今までありがとう。

富田さんと本の話ができて、本当に楽しかった。

またどこかで、同じ本の話ができたら嬉しいです。』

ペン先が止まる。

「好きでした。」

その一言を書こうとして、何度も便箋を見つめた。

けれど、最後まで書くことはできなかった。

卒業式が終わる。

校門には、笑い声と「またね」があふれていた。

美紗樹は人混みの中に蒼の姿を見つける。

目が合う。

蒼はいつものように、やさしく笑って手を振った。

美紗樹も笑顔で手を振り返す。

それだけだった。

その距離を、一歩縮めることはできなかった。

春風が桜の花びらを運んでいく。

二人だけの文通は、四つ葉のしおりとともに静かに終わった。

胸の奥に「好き」という言葉だけを残して。
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