花囲い

 ――昼休み。美咲がお弁当を広げながら言った。

「ねえ、井𡈽くんって最初から沙羅のこと名前で呼んでたっけ?」
「さあ」
「もう完全に彼氏じゃん」
「違う」
「照れんなって」

 美咲にしつこく肘で押され、じっとりとした嫌な気分になる。

「井𡈽くんって他の女子はみんな名字なのに、沙羅だけ名前だもん」
「そうなの?」

 初めて知った。私は思わず箸を止める。

 そうだったんだ。だから違和感があったのか。

 私は特別になりたいわけじゃない。むしろ、その逆だ。できるだけ目立たずに過ごしたい。

 なのに、井𡈽くんは私だけを目立たせる。



 放課後、担任に呼び止められて面倒な仕事を押し付けられた。

「佐藤、悪いけどプリントを生徒会室まで届けてくれないか」
「え、はい」

 仕方なく生徒会室の前まで来て扉をノックする。

「失礼します」

 中には数人の生徒がいた。その中に井𡈽くんもいる。

「あ、うわさの沙羅さんだ」

 自然にそう呼ばれ、生徒会の先輩がニヤニヤと笑った。

「井𡈽、彼女来たぞ」
「違います」
「冗談、冗談」

 井𡈽くんは困ったように笑っている。

「もう先輩、誤解ですって」

 その「誤解」を作ったのは誰なんだろう。私はプリントを机に置いて、ぺこりと一礼だけして生徒会室を出た。
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