花囲い
――昼休み。美咲がお弁当を広げながら言った。
「ねえ、井𡈽くんって最初から沙羅のこと名前で呼んでたっけ?」
「さあ」
「もう完全に彼氏じゃん」
「違う」
「照れんなって」
美咲にしつこく肘で押され、じっとりとした嫌な気分になる。
「井𡈽くんって他の女子はみんな名字なのに、沙羅だけ名前だもん」
「そうなの?」
初めて知った。私は思わず箸を止める。
そうだったんだ。だから違和感があったのか。
私は特別になりたいわけじゃない。むしろ、その逆だ。できるだけ目立たずに過ごしたい。
なのに、井𡈽くんは私だけを目立たせる。
♢
放課後、担任に呼び止められて面倒な仕事を押し付けられた。
「佐藤、悪いけどプリントを生徒会室まで届けてくれないか」
「え、はい」
仕方なく生徒会室の前まで来て扉をノックする。
「失礼します」
中には数人の生徒がいた。その中に井𡈽くんもいる。
「あ、うわさの沙羅さんだ」
自然にそう呼ばれ、生徒会の先輩がニヤニヤと笑った。
「井𡈽、彼女来たぞ」
「違います」
「冗談、冗談」
井𡈽くんは困ったように笑っている。
「もう先輩、誤解ですって」
その「誤解」を作ったのは誰なんだろう。私はプリントを机に置いて、ぺこりと一礼だけして生徒会室を出た。