花囲い
 校舎を出ると冷たい風だけが吹いていた。駅へ向かう道は静かだった。隣を歩く足音が聞こえる。

 私はもう、その音から逃げようとは思わなかった。

「沙羅」

 井𡈽くんが私の名を呼ぶ。

「なに?」
「ありがとう。一緒にいてくれて。これからもよろしくお願いします」

 私は笑った。自分でも驚くほどの乾いた小さな笑いだった。

「なにがありがとうよ」
「うん」
「全部、あなたが、あなたさえいなければ……ッ!」

 そこまで言って、口を閉じる。もう言葉に意味はない。言葉を飲み込んだ私を見て井𡈽くんは少しだけ目を細める。

「これから先、どんなことがあっても。ずっと好きだ」

 それはとても穏やかな声で。

「だからもう逃げなくていいんだよ」

 何度逃げても答えは同じだと分かっていた。

 駅前の歩道橋。人通りは少ない。夕日が街を橙色に染めている。

 井𡈽くんは、いつものように笑っていた。学校のみんなが知っている、優等生の笑顔。

 そして、私だけが恐れている笑顔。
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