その崩れ方が、好きです〜完璧なホテルマネージャーは、私にだけ素顔を見せる〜
なんでわかるんだ。私はお茶を一口飲んで、観念した。
「……彼が、猫に振られてるところを見たの。搬入口で」
「え、猫に振られる藤堂さん?」
「うん。甘い声で、すごく不器用で。格好よかった」
千夏が私を見て、にやりとした。
「どんな声だったの?」
「……低くて、甘い声で。こんなふうに──『……ねえ、来る?』みたいな感じで」
真似てみせると、千夏が吹き出した。テーブルに突っ伏して、肩を揺らして笑っている。
私もつられて笑いかけて──千夏の視線が、私の背後で止まった。彼女から笑いが、すっと消えた。
慌てて振り返ると、藤堂さんが休憩室の入口に立っていた。
いつから、いたのだろう。表情は読めない。いつも通りの顔で、ただ、こちらを見ていた。
千夏が「し、失礼します」と言って、逃げた。
私は何も言えなかった。
「香坂さん、少しいいですか」
仕事中の、あの低い声が、逃げ場のない休憩室に響いた。
私を見つめる眼鏡の奥の瞳が、いつもより暗い気がした。


