転生したらひとりぼっちだった私、最強国の冷徹大公に拾われる~不愛想な最強保護者のもとで、稀代の才能が花開きました~
(竜大公シリウスサイド)
「シリウス様、本日上がってきた報告書です。ユルング商会と西方視察から帰還した竜騎士隊の分。そしてこちらが、お側人からのものです」
「ああ」
グレイグが恭しく書類を置くと、シリウスは迷うことなくその中のひとつを手にした。
『本日の業務報告』と書かれた紙の束、その内容は、お側人が竜の集落で起こった出来事を報告する日誌のようなものであった。
先に目を通していたグレイグは、シリウスが業務報告を捲るさまを興味深く眺めている。ユルング商会の報告書も、竜騎士隊の視察報告書も、世界の情勢を知るとても大切なものだ。だがシリウスは、それよりも先にお側人の日誌を手に取った。涼やかな表情をしているが、おそらく気になっているのだろう。昨日、自分が連れてきた少女、ネリーのことが。
しかしグレイグ自身も、彼が連れてきた少女ネリーについて、看過できない内容を日誌で目にしていたのだ。
「ネリーの希望どおり、竜のお側人としての仕事を与えましたが、彼女、ドラゴンスラングを理解しているようです」
「ああ」
「驚かないのですか?」
グレイグが目を丸くすると、シリウスは一呼吸置いて答えた。
「こちらに帰還する際、あの子はティエリアの言葉に反応を示していた。私とティエリアが言葉を交わすたびに首を捻る様子を見て、そうかもしれないと思ったのだ」
「なるほど。ただそうなると、ネリーにはプリマヴェーラの可能性が出てきますね」
「…………」
シリウスは、軽く頷くとなにも言わずに視線を日誌に戻した。ただ、その口元にわずかに笑みが見えたような気がして、グレイグは目を疑う。主君は鉄仮面と呼ばれるほど表情が乏しく、笑うことなどない。口数も少なく、他人を慮ることもない。だが、少女ネリーにだけは違うようだった。
グレイグは昨夜、パルティナ国であったこととネリーの件について、シリウスから話を聞いていた。まず、プリマヴェーラだと噂されていた王女アルマは、偽であること。
これは、ドラン公国のごく一部と竜族しか知らない情報だが、歴代のプリマヴェーラは、総じてドラゴンスラングを理解している。ティエリアの質問に答えられなかった時点で偽であることが判明するのだ。
そして、一番懸念していたドラゴンアイのペンダントについては、真の所有者はわからずじまい。いや、行方不明といったほうが正しいか、とグレイグは思った。
ひと際大きなドラゴンアイのペンダント。他に類を見ない美しさで、ドラン公国にひとつしかなかったものだ。それをペンダントにしろと命じたのは、他ならぬ竜大公シリウスだった。
ドラゴンアイを巡る騒動の中、シリウスはネリーと出会った。明らかに濡れ衣を着せられた少女を見て、彼は、一瞬目を疑ったそうだ。その髪色、目元、瞳の色、そして声が、昔知っていた人によく似ていたから。
世界は広く似ている人がいても不思議じゃない。気のせいだと捨て置くこともできた。
だが、あまりにも少女を取り巻く環境が劣悪だったため、連れてきたのだという。
淡々とした様子のシリウスの話を聞きながら、グレイグの脳内に、ふと遠い日の記憶が甦る。
まだ、彼らが若かった頃。冷淡さで知られる竜大公にも、心が動かされることがあった。
ネリーへの情けは、シリウスが過去に捨ててしまった思いへの後悔なのだろうか。それとも別の感情か。
グレイグにはまだ、はっきりとわからないでいた。
「坑道の水管に亀裂が入っていたのだな」
シリウスが不意に言葉を投げかけた。巡らせていた思いを止め、グレイグは我に返って答えた。
「あ、ええ。そうです」
「水管の亀裂の状況はちゃんと確かめたか?」
「テトラが確かめたと書いていますね。劣化のようだと……」
「しっかり調べろ。本当に劣化か。それとも、人為的なものか」
シリウスの瞳が鈍く光った。坑道の水管の劣化はよくあることだ。しかし、人為的な亀裂もあり得えなくはない。ドラゴンアイの横流しを始めとするドラン公国を狙った犯罪の数々は未だに起こっていて、先日の件の黒幕もまだ判明していない。
豊かな国は、いつもどこからか狙われている。盤石だと高を括っていると、あっという間に足を掬われかねない。グレイグは己の考えの甘さを窘めた。
「申し訳ありません。すぐに調査を始めます」
「ああ」
グレイグは深く頭を下げて部屋を出ていった。
ひとりになった書斎で、シリウスはゆっくりと日誌を閉じる。そして、机の引き出しから、ドラゴンアイのペンダントを取り出した。揺らめくランプの下で、ドラゴンアイは不思議な光彩を放っている。
彼の頭の中に、ある映像が浮かぶ。
遠き日、旅立つ前の、かの人の記憶。シリウスはペンダントを渡し、旅の安全を祈って一行を送り出す……。
映像が消えると、シリウスは静かに目を閉じた。
「シリウス様、本日上がってきた報告書です。ユルング商会と西方視察から帰還した竜騎士隊の分。そしてこちらが、お側人からのものです」
「ああ」
グレイグが恭しく書類を置くと、シリウスは迷うことなくその中のひとつを手にした。
『本日の業務報告』と書かれた紙の束、その内容は、お側人が竜の集落で起こった出来事を報告する日誌のようなものであった。
先に目を通していたグレイグは、シリウスが業務報告を捲るさまを興味深く眺めている。ユルング商会の報告書も、竜騎士隊の視察報告書も、世界の情勢を知るとても大切なものだ。だがシリウスは、それよりも先にお側人の日誌を手に取った。涼やかな表情をしているが、おそらく気になっているのだろう。昨日、自分が連れてきた少女、ネリーのことが。
しかしグレイグ自身も、彼が連れてきた少女ネリーについて、看過できない内容を日誌で目にしていたのだ。
「ネリーの希望どおり、竜のお側人としての仕事を与えましたが、彼女、ドラゴンスラングを理解しているようです」
「ああ」
「驚かないのですか?」
グレイグが目を丸くすると、シリウスは一呼吸置いて答えた。
「こちらに帰還する際、あの子はティエリアの言葉に反応を示していた。私とティエリアが言葉を交わすたびに首を捻る様子を見て、そうかもしれないと思ったのだ」
「なるほど。ただそうなると、ネリーにはプリマヴェーラの可能性が出てきますね」
「…………」
シリウスは、軽く頷くとなにも言わずに視線を日誌に戻した。ただ、その口元にわずかに笑みが見えたような気がして、グレイグは目を疑う。主君は鉄仮面と呼ばれるほど表情が乏しく、笑うことなどない。口数も少なく、他人を慮ることもない。だが、少女ネリーにだけは違うようだった。
グレイグは昨夜、パルティナ国であったこととネリーの件について、シリウスから話を聞いていた。まず、プリマヴェーラだと噂されていた王女アルマは、偽であること。
これは、ドラン公国のごく一部と竜族しか知らない情報だが、歴代のプリマヴェーラは、総じてドラゴンスラングを理解している。ティエリアの質問に答えられなかった時点で偽であることが判明するのだ。
そして、一番懸念していたドラゴンアイのペンダントについては、真の所有者はわからずじまい。いや、行方不明といったほうが正しいか、とグレイグは思った。
ひと際大きなドラゴンアイのペンダント。他に類を見ない美しさで、ドラン公国にひとつしかなかったものだ。それをペンダントにしろと命じたのは、他ならぬ竜大公シリウスだった。
ドラゴンアイを巡る騒動の中、シリウスはネリーと出会った。明らかに濡れ衣を着せられた少女を見て、彼は、一瞬目を疑ったそうだ。その髪色、目元、瞳の色、そして声が、昔知っていた人によく似ていたから。
世界は広く似ている人がいても不思議じゃない。気のせいだと捨て置くこともできた。
だが、あまりにも少女を取り巻く環境が劣悪だったため、連れてきたのだという。
淡々とした様子のシリウスの話を聞きながら、グレイグの脳内に、ふと遠い日の記憶が甦る。
まだ、彼らが若かった頃。冷淡さで知られる竜大公にも、心が動かされることがあった。
ネリーへの情けは、シリウスが過去に捨ててしまった思いへの後悔なのだろうか。それとも別の感情か。
グレイグにはまだ、はっきりとわからないでいた。
「坑道の水管に亀裂が入っていたのだな」
シリウスが不意に言葉を投げかけた。巡らせていた思いを止め、グレイグは我に返って答えた。
「あ、ええ。そうです」
「水管の亀裂の状況はちゃんと確かめたか?」
「テトラが確かめたと書いていますね。劣化のようだと……」
「しっかり調べろ。本当に劣化か。それとも、人為的なものか」
シリウスの瞳が鈍く光った。坑道の水管の劣化はよくあることだ。しかし、人為的な亀裂もあり得えなくはない。ドラゴンアイの横流しを始めとするドラン公国を狙った犯罪の数々は未だに起こっていて、先日の件の黒幕もまだ判明していない。
豊かな国は、いつもどこからか狙われている。盤石だと高を括っていると、あっという間に足を掬われかねない。グレイグは己の考えの甘さを窘めた。
「申し訳ありません。すぐに調査を始めます」
「ああ」
グレイグは深く頭を下げて部屋を出ていった。
ひとりになった書斎で、シリウスはゆっくりと日誌を閉じる。そして、机の引き出しから、ドラゴンアイのペンダントを取り出した。揺らめくランプの下で、ドラゴンアイは不思議な光彩を放っている。
彼の頭の中に、ある映像が浮かぶ。
遠き日、旅立つ前の、かの人の記憶。シリウスはペンダントを渡し、旅の安全を祈って一行を送り出す……。
映像が消えると、シリウスは静かに目を閉じた。