音のない世界

高校に入学して一週間。

長濱高校は自由だ。

授業に出る奴もいれば、来ない奴もいる。

そんな中でも、一人だけ目立つ女がいた。

優花。

相変わらず長袖。

誰とも喋らない。

誰とも目を合わせない。

授業が終われば真っ直ぐ帰る。

変わらない。

いや、一つだけ気付いたことがある。

誰かが後ろを歩くたびに、肩が小さく震える。

最初は気のせいだと思っていた。

でも違った。

男でも女でも関係ない。

後ろに人が立つだけで、体が強張る。

何なんだ……。

そんなことを考えながら廊下を歩いていた。

ふと視線を上げる。

二階の窓際。

植木鉢がぐらついていた。

「……っ。」

落ちる。

そう思った瞬間、俺は走っていた。

優花のすぐ前まで駆け寄る。

「危ない!」

植木鉢が落ちる。

ガシャン!

土が飛び散る。

あと一歩前にいたら直撃だった。

優花は植木鉢を見た。

そして俺を見る。

その目には驚きはなかった。

ただ──怯えていた。

俺を見た瞬間。

肩が震えた。

その震えは、植木鉢に驚いた震えじゃない。

俺に怯えている。

俺は何もしていない。

なのに。

優花は何も言わず、俺の横を通り過ぎた。

「おい……。」

思わず声をかける。

立ち止まらない。

振り向きもしない。

そのまま教室へ消えていった。

「龍。」

後ろから壱成が来る。

「助けたのに礼もなしやな。」

「……違う。」

「え?」

「あいつ、植木鉢じゃねぇ。」

壱成が首を傾げる。

俺は優花が歩いていった廊下を見つめた。

「あいつが怖がってたのは……俺だ。」

その言葉を口にした瞬間、胸がざわついた。

俺は女に怯えられることなんて慣れている。

だけど、優花の怯え方は違った。

嫌っている目じゃない。

見下している目でもない。

まるで──

誰か別の男を見ているような目だった。
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