卒業まで、好きでした。

ホワイトデーのお返し

バレンタインから一か月。

先輩に「ごめんね」と言われた日から、私は少しだけ先輩との距離を考えるようになった。

話しかけて迷惑じゃないかな。

また困らせてしまうんじゃないかな。

そんなことばかり考えていた。

それでも土曜講座へ行くと、先輩は今までと変わらない笑顔で「おはよう」と声をかけてくれた。

その一言に、私は何度も救われていた。

三月。

少しずつ春の暖かさを感じ始めた土曜日だった。

講座が終わり、帰る準備をしていると、

「滝尾さん。」

後ろから名前を呼ばれた。

振り返ると、敷戸先輩が小さな袋を持って立っていた。

「これ。」

「え……。」

「ホワイトデー。」

私は驚いて目を見開いた。

「私にですか?」

「うん。バレンタインのお返し。」

思わず両手で受け取る。

「ありがとうございます!」

嬉しくて、胸がいっぱいになった。

振られたのに、お返しを用意してくれた。

その気持ちが本当に嬉しかった。

私は大切にリュックへしまった。

「じゃあ、またね。」

「はい!」

先輩は幼なじみと一緒に帰っていった。

私も親友と教室を出る。

校舎を歩きながら、何度もリュックの中を確認したくなった。

でも、家に帰るまで我慢しよう。

そんなことを思っていると、後ろから聞き慣れた声がした。

「滝尾さん!」

振り返ると、敷戸先輩が少し息を切らしながらこちらへ走ってきていた。

「先輩?」

「さっきのお返し。」

先輩は少し心配そうな顔をしていた。

「濡れてなかった?」

「え?」

私は首をかしげた。

そのときだった。

先輩のリュックが濡れていることに気づいた。

「あっ……。」

水滴がリュックの横からぽたぽたと落ちている。

「水筒のふたが開いてたみたいで。」

先輩は少し困ったように笑った。

「もしかしたら、お返しまで濡れちゃったかなって思って。」

私は急いでリュックを開ける。

袋は無事だった。

「大丈夫です!」

そう答えると、先輩はほっとしたように笑った。

「よかった。」

その笑顔を見て、私は思わず聞いた。

「先輩のリュックの方こそ、大丈夫ですか?」

先輩は肩をすくめて笑う。

「大丈夫、大丈夫。」

そして続けた。

「滝尾さんのお返しが無事なら、それでよかった。」

その一言に、胸がぎゅっと締めつけられた。

自分のリュックが濡れているのに。

自分の教科書が心配なはずなのに。

先に気にかけたのは、私だった。

「ありがとうございます。」

その言葉しか出てこなかった。

先輩は手を軽く振ると、

「じゃあね。」

と言って歩いていく。

私はその後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。

家に帰って、お返しの袋をそっと机の上に置く。

丁寧に包まれたその袋を見つめながら、私は小さく笑った。

叶わない恋だと分かっている。

それでも。

先輩の優しさに触れるたび、この気持ちは少しずつ大きくなっていく。

窓の外では、春を待つ桜のつぼみが、ゆっくりと膨らみ始めていた。
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