Ironic Honey
「いつかは慣れなきゃいけないことだろ? いつまでも敬語で距離感の遠いやり取りをする気か?」


 この人はたった今決めたルールにもう順応している。こうだと決めたことには変にまっすぐ。

 この人を知れば知る程、変が募るのに、やっぱり気になる。


「…それは、そうだけど」

「聖菜」


 突然名前を呼ばれ、鼓動がドキッと音を立てる。

 不思議とその低い声で名前を呼ばれるのが嫌じゃない。


「呼んでみて、千織って」


 そう促され、顔が熱い。

 男性の名前を呼び捨てにするくらい、なんてことない。もう三十歳にもなるアラサー女が、こんなに照れくさい気持ちにさせられるなんて。

 もう、こんな感情になることなんてないと思っていたのに。

 深呼吸をして、覚悟を決めると「千織」と小さな声で呼んだ。


「聖菜」

「もう呼ばなくていいから!」

「はは、君でも照れることあるんだな。可愛い」

「は!?」


 なんなんだ、この男は。

 私はすっかりこの男のペースに巻き込まれている。

 可愛いなんて言われる年齢でもないし、そんな言葉を真に受けて照れる年齢でもない。それなのに、今の私はきっと顔が真っ赤だ。

 この人は、本当に変な人。
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