Ironic Honey
 その日の夜、会社を出て歩いて帰宅しようとしていたところだった。会社の前に見慣れた黒の車があり、思わず凝視する。

 中から降りてきたのはやっぱり千織で、彼は私の方に近づいてくる。


「なんでいるの? 連絡あったっけ?」

「婚約者に会うのに、理由がなくちゃ会いに来ちゃいけないのか?」

「そう、じゃないけど…。会社休みだったらどうすんのよ」

「それなら連絡があるだろ。毎朝連絡とるんだから」


 確かに。

 彼の正論にぐうの音も出なくなって「それで、本当に用事はないの」と問いかけると、彼は私に手を差し出す。


「会いたくなった」


 彼の言葉を聞きながら手を掴むと、ほんの少し唖然とする。彼が会いたくなったなんて言うことはなかったから。

 週一回の約束は義務だったと思っていたはずなのに、最近そうではないのかもと思うようになってきた。


「…そう。どこ行く?」

「たまには君の家は?」

「帰るならいいけど、泊まるならあなたの服とかはないわよ」

「用意してきた」

「用意周到すぎる。断ったらどうすんのよ」

「断らないだろうなと思って」


 そう笑いながら車に乗り込むと、いつも通りドアを閉めてくれ、運転手席にまわる。この人は、本当に私に優しくしてくれる。
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