ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
 ◇

 ハルがロンドンへ飛び立ったあの炎天の日から、一か月が過ぎた。

 時差は八時間。
 日本が夜で、向こうが昼下がりになる頃に、毎日数分でも電話をしている。
 時間の合わせやすい週末は、ビデオ通話にして顔を見て話す。
 それが、私たちの新しいルーティンになっていた。


『え、なに。煽ってんの?』

 日曜日の夜。
 画面越しに聞こえてきた第一声は、相変わらずの意地悪な響きを含んでいた。

 入浴後、キャミソール姿でシーツに寝そべりながら映った私への感想だ。

「はい?」

 眉をひそめるその顔に、小さく吹き出してしまった。

『どういう意図?』

「意図なんてないよ、ただ暑いだけ。夫婦なんだから、別にいいじゃん」

 笑いながら、一人では持て余すくらい広々としたダブルベッドで、寝返りを打つ。

「……そっちの生活は、どう? 慣れてきた?」

『米、食いたい』

「ふふ。送ろうか?」

『次、荷物送ってもらうとき頼むわ』

 画面の向こうの彼は、明るい部屋でマグカップを傾けている。
 スピーカーから響く落ち着いた声は、すぐ耳元で囁かれているかのように鮮明だった。
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