ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
『マナ?』
そんな私に、ハルが怪訝そうな声を上げた。
「…………」
『どうした?』
「…………」
『……え、もしかして寝た?』
「…………」
声を出せば、確実に震えてしまう。
泣いていることが知られたら、異国で一人頑張っているハルに、余計な心配をかけてしまうだけだ。
彼が都合のよい勘違いをしてくれたのをいいことに、じっと息を殺した。
しばらく、通話は繋がれたままだった。
スピーカーからは、部屋の片付けをしているような物音や、静かな足音が聞こえてくる。
そんな生活音の一つひとつが、彼が今、私とは違う場所で暮らしているという事実を、ひしひしと感じさせる。
やがて、顔を伏せたまま微動だにしない私に向けて、ハルが短く囁いた。
『……おやすみ』
通話が切れる、無機質で虚しい電子音が、私しかいない部屋に響き渡る。