ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

「……これ、旅行?『一緒にいる』って、『一時的』にってこと?」

 枯れた喉から声を絞り出して尋ねると、マナは首を横に振った。

「ううん。これから……ずっと」

「…………」

「サロンに相談したら、『新しい風を吸って、もっと素敵なスタイリストになって戻ってきて』って、快く言ってもらえたし……それに……」

 視線を彷徨わせながら話していたマナは、勢いよく目を伏せた。
 両手をぎゅっと、握りしめている。

 そして、ついに。
 震える唇から、その言葉が落ちる。


「もう……降参するよ。ハルがいないと、無理なの。うまく息ができない。笑えないの。だから……一緒にいさせて」


 手にしていた鞄を放り投げ、残りの距離を一気に詰めると、その身体を勢いよく腕の中へ引き寄せた。


 静かな衝撃が走る。
 冷え切ったロンドンの空気の中で、彼女に触れた部分だけが熱を持っていく。
 ほしくてたまらなかった香りが、俺に流れ込んでくる。

「……やっぱり、俺のことめっちゃ好きじゃん」

 思わず声を出して笑いながら、抱きしめる腕に力を込めた。

「……だから、そう言ってるじゃん……!」

 マナも俺の背中に腕を回し、顔を胸元に埋めながら笑い交じりに返してきた。
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