ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

「え?」

「バスルーム、行きましょ。この前みたいに、シャンプーしてください」

 日本を発つ前日の出来事で味を占めたのか――その目には明らかな企みの色が滲んでいる。

「いやいや、あれは……特例なので!」

 その場に留まろうとするも「無理です」と引き寄せられる。

「無理が、無理です! ちょっと……っ」

 そして、耳元に顔をぐっと近づけられ、ひどく優しい声を落とされた。


「じゃあ。今度はマナさんの髪、洗ってあげたい」


「…………」

 拒みきれない私の背中を、茉莉花(ジャスミン)の残り香が優しく押す。
 またしてもこうやって、この子の甘い誘惑に絆されてしまうのだった。
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