ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
 ◇

 翌日は、分厚いコートに身を包み、一緒に街へ出かけた。

 閑静な住宅街が広がる地下鉄の駅を降り、白い息を吐きながら、運河沿いの並木道を歩く。
 ロンドンの冬は、底冷えする。
 彼のポケットの中で指先を絡めながら、「寒い」と言い合い、寄り添った。

 澄んだ冷気の中を数分ほど進んだ先に、リトルベニスの船着場が見えてくる。
 愛らしい伝統的なナロウボートに乗り込むと、水面に反射した午後の淡い日差しが、ハルの瞳に映っていた。
 すぐそばを優雅に泳いでいく水鳥を眺めながら、他愛のないお喋りを楽しむ。


「ハル、ずっと笑ってる」

 そう指摘すると、彼は「え?」と一度だけこちらを向いたあと、流れる景色に視線を戻した。

 そして。

「会いたかったし」

 予想外の言葉。
 思わず目を丸くして、その横顔を見る。

「……素直」

「マナとは違うんだよ」

 それでもやっぱり、生意気なのは変わらない。
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