ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
「外だよ? 人もいるし……」
「ここ、欧米だぞ? こんなの普通だから」
数秒間、じっと見つめ合う。
「……無理」
ぼそりと断ると、はあ、とわざとらしく大袈裟な溜息をつかれた。
「まあ、そうだよな。どうせ、熱量違うし」
「……出た、それ!」
赴任を切り出され、言い合いになったときの台詞だ。
諦めたふりを見せているけれど、流し目でこちらの様子を観察していることはわかっている。
「…………」
周囲へ視線を巡らせる。
週末のボートは満席に近かったが、乗客の興味は外の景色へ向けられていた。
葉を落とした木々の向こうに並ぶ、美しいレンガ造りの家々や、水面に映る空の広さ。
時刻はまだ十六時を迎える前だというのに、日没の早いロンドンの冬は、すでに深い藍色の闇に包まれようとしている。
沿道には、クリスマスのイルミネーションがぽつぽつと光を灯し始めていた。
「じゃあ……目、瞑って」
そう、小さく告げる。
応じるとは思っていなかったのか、ハルは数回瞬きをしてから、瞼を閉じた。