ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 水上からの冷たい風が、船内に流れ込んでくる。
 それから彼を守るように身を寄せると、夜気の中で互いの白い吐息が混ざり合った。

 そこで、視線を感じる。
 ハルの向こう側に座る地元の老夫婦が、あらあら、と微笑ましそうにこちらを見守っていたのだ。

 慌てて少し距離を取ると、「まだ?」と不満げな声に急かされる。

 どうしたものかと思案していたら、ふと、とびきりの案が浮かんだ。


 逃さないよう、その肩に手のひらで重みをかける。

 そして、思いきり甘くて長いキスを――頬にあげた。


「…………」

 眉間に深く皺を寄せながら、ハルは目を開ける。

 でも、わかる。怒っているのではない。
 そうでもしなければ、きっと目尻や口元が緩んでしまうのだ。

「やっぱりハルは、こっちのほうが嬉しいかなあと思って」

 悪戯っぽく言ってみせる。

「……それで勝ったつもりかよ?」

 崩れかけた強がりに、たまらず笑いがこぼれてしまった。

「ねえ、なんで頬っぺた弱いの? やっぱり『思い出』、あるから?」

 肩にこつんと頭をもたせかけ、からかった。

「帰ったら覚えとけよ、マジで」

「きゃー。こわーい」
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