ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

「あ、別に……そういうわけじゃないんだけど……」

「…………」

 なぜかもどかしい空気が滞留し、視線が泳いでしまう。

 そんな私を見て、彼は少し話題を変えた。

「……うちの母親も、その俳優好きだった気がする」

「えっ、本当? お母さんと、気が合うかも」

 弾んだ声を上げたら、ハルはふっと口元を緩めた。
 そして、何気なく会話の続きが紡がれる。

「ていうか、なんで父親と行くの。母親と行ったほうが、女同士で盛り上がりそうじゃん」

 その一言に――つい固まってしまう。


 ハルにはまだ、母のことを伝えていない。


 友人には、会話の流れで自然に明かすことが多かった。
 あれからもう六年という月日が経っている。
 悲しみの底から抜け出せていないわけではないし、話すこと自体に抵抗はない。

 でも、楽しく遊んだ帰り道に、綺麗なツリーの前で。
 突然打ち明けて、変な気を遣わせてしまわないだろうか。
 重い話だと引かれないだろうか。

「えっと……」

 少し躊躇したけれど、嘘をつくのも違う気がして――。
 できるだけ深刻にならないようなトーンで、切り出した。


「うち、お母さんいないんだよね」


「……え?」

 私は「気にしないでね」というサインのように、一度だけ小さな微笑みを見せてから、ツリーへと視線を戻した。

「私が十二歳の頃に、病気で」

「…………」

「でも、今はもう、立ち直れてるから」

「……そうなんだ」

「うん」

「…………」

 ハルは何も言わず、私の横顔を見ているようだった。
 冷たい風が、二人の間をすり抜けていく。

 やがて彼は、喉の奥から小さな声を出した。


「なんで、無理して笑うの」
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