ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。【連載中】
その声に振り返ると、口元だけに薄く笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
まっすぐ向けられた瞳には、彼特有の意地悪さが滲んでいる。
――『何観たい?』ではなく『何したい?』。
一文字の違いに込められた意味に気づかないふりをして、黙って見つめ返した。
映画のあと、時計が十時を回った頃から始まる『夫婦の大切な時間』――。
彼はいつだって、私からその言葉を引き出そうと巧妙な罠を仕掛けてくる。
「……ハルがしたいこと、しよう?」
またしても意地っ張りな性格が顔を出し、つい悪あがきをしてしまう。
大事に伸ばしたストレートヘアを自分の指先でなぞりながら、視線だけを逸らした。
そんなささやかな抵抗に、ハルは小さく喉の奥で笑う。
「んー。じゃあ、ベッド行こっか」
ふわりと頭を撫でられ、隣の重みがスッと消えた。
予想外にあっさりとした誘いに、やや拍子抜けして顔を上げると、細身ながらも広い背中はすでに寝室へと向かって歩き出している。
残された僅かな熱の余韻を追いかけるように、私もソファから立ち上がり、後をついていった。