きみと描く青い未来。

第九章 終わりの輪郭

 最近、結衣の声は少しだけ遅れて届く。

 返事が遅いとか、そういう単純な話じゃない。

 言葉が出るまでに、一拍だけ“間”が増えた。

 病室の窓から見える空は、いつも同じように青い。

 でもその青が、今日はやけに遠く見えた。

「来るの、早いね」

 結衣が言う。

「いつも通りだろ」

「うん……そうなんだけど」

 そこで言葉が止まる。

 俺はスケッチブックを広げる。

 あの“二人で描いている絵”。

 もう形は、ほとんどできている。

 結衣はそれを見て、小さく息を吐いた。

「ねえ」

「ん」

「これ、もうすぐ終わるね」

 一瞬、意味が分からなかった。

「絵の話だろ」

「うん」

 でも、その“うん”が少しだけ違った。

 ただの完成の話じゃない気がした。

 俺は鉛筆を握り直す。

「終わらせればいいじゃん」

 結衣はすぐに返さない。

 窓の外を見る。

 少し長い沈黙。

「悠人」

「なに」

「もしさ」

 そこで止まる。

 まただ。

 この“もし”が出る時、いつも結衣は何かを言いかけてやめる。

「いや」

 結衣は首を振る。

「なんでもない」

 その“なんでもない”が、今までで一番重かった。

 午後の光が少しだけ揺れる。

 俺は気づいてしまう。

 結衣の“間”は、もう癖じゃない。

 何かを飲み込んでいる時間だ。

「なあ」

 俺は言う。

「最近さ」

 結衣がこちらを見る。

「お前、ちょっと無理してない?」

 一瞬だけ、空気が止まる。

 結衣は笑おうとする。

 でも、うまくいっていない。

「してないよ」

 その声は、やけに優しかった。

 だから逆に、嘘っぽかった。

 沈黙。

 結衣がぽつりと言う。

「悠人」

「ん」

「これさ」

 スケッチブックを見る。

「ちゃんと完成させてね」

 その言い方は、“お願い”でも“命令”でもなかった。

 ただの確認みたいだった。

 でも俺は、その違和感を見逃せなかった。

「当たり前だろ」

 結衣は少しだけ目を伏せる。

「そっか」

 その“そっか”は、前と同じ言葉なのに意味が違った。

 帰り際。

 結衣が言う。

「明日も来る?」

 俺は少しだけ迷う。

「来る」

 結衣はうなずく。

 でも、そのうなずきは“安心”じゃなかった。

 むしろ、“確認”に近かった。

 廊下に出る。

 俺は気づいてしまう。

 あいつはまだここにいる。

 でも、もう“ずっといる前提”ではなくなっている。

 そしてもう一つ。


 あの絵は、完成に近づくほど、何かを失っていく気がする。
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