最後の夏、君に恋をした

第一章 ずっと好きだった

四月。

校庭の桜は満開に咲き、春風に乗って花びらがゆっくりと舞っていた。

新しいクラス。新しい教室。

窓から差し込む温かな日差しに目を細めながら、私は自分の席に座っていた。

「今年も一緒のクラスだったな!」

後ろから聞き慣れた声がして振り返る。

そこには私の幼馴染ー神崎怜が立っていた。

寝癖のついた黒髪を軽くかき上げながら、いつものように笑っている。

「⋯⋯怜!」

「その顔、俺と一緒のクラスになれて嬉しいって顔?」

「ち、ちがうし!ばか!」

それを聞いて笑う怜を見ていると、胸が少しだけ苦しくなる。

昔から変わらない笑顔。

小学生の頃からずっと見てきた笑顔。

だけど今は、その笑顔を見るたびに胸が熱くなる。

⋯⋯好き。

この気持ちは、きっと誰にも知られてはいけない。

「なぁ、結衣」

名前を呼ばれて顔お上げる。


「今日一緒に帰ろうぜ」

「うん!」

そう答えると、怜は嬉しそうに笑った。

「よっしゃ」

たったその一言だけで、心臓が大きく跳ねる。

こんなことで喜んでしまうなんて、本当に単純だ。

「おーい、怜!」

教室も入口から男子たちが手を振っている。

「飲み物買いに行こうぜ!」

「今行く!」

怜は私に向かって「あとでな」と手を振ると、友達のところへ走って行った。

その姿を見送るだけで、胸が少し寂しくなる。

「朝比奈さん」

隣の席になった女の子が、小さく話しかけてきた。

「神崎くんと仲いいんだね」

「あ⋯⋯幼馴染なの」

「そうなんだ!神崎くんってすごく人気あるよね」

私は思わず苦笑する。

人気があることなんて、昔から知ってる。

運動神経抜群で、誰にでも優しい。

勉強は少し苦手だけど、それずら「かわいい」と言われるくらいだ。

入学式の時から、女子たちが「神崎くんかっこいい!」と話していたのを思い出した。

「彼女いるのかな⋯」「いないなら告白したい!」

そんな声が聞こえるたびに、胸が締め付けられる。

私も好きって言いたい⋯。

でも、私にはそんな勇気ない。

幼馴染だからこそ、この関係を壊すのが怖い。

だから私は今日も笑うだけ。

”ただの幼馴染”として。

昼休み。

私はお弁当を持って人気のない中庭に移動した。

ベンチに座ろうとしたその時⋯。

「結衣!」

聞き慣れた声に振り返ると、そこには手を振って駆け寄ってくる怜がいた。

「一緒に食べようぜ!」

「うん!」

二人並んでベンチに座る。

春風が心地よく吹き抜け、桜の花びらが怜の肩にひらりと落ちる。

「あっ、花びら」

「え?」

私はそっと手を伸ばし、怜の肩に落ちた花びらを取る。

「サンキュ!」

そう言って笑う怜を見て、胸の奥がじんわりと温まる。

⋯⋯こんな何気ない時間が、ずっと続けばいい。

私は本気で、そう願った。

でも、その願いは少しづつ音もなく崩れ始めていたことを、このときの私はまだ知らなかった。


放課後を告げるチャイムが鳴り響いた。

「終わった〜!!」「やっと帰れる〜!」

教室は一気に賑やかになる。

私は教科書をカバンにしまいながら、小さく息をついた。

「結衣」

優しく名前を呼ばれ、顔を上げる。

そこには、ランドセルを背負って「帰ろう」と言ってくれていた小学生の頃と何も変わらない笑顔があった。

あぁ⋯この笑顔好きだな。

また胸がキュンとする。

「結衣、帰ろうぜ」

「うん」

二人並んで昇降口に向かう。

靴を履き替え、校門を出ると、夕日に染まった桜並木が目の前に広がっていた。

「今年も咲いたな。」

怜が空を見上げながら呟く。

「小さい頃も、この道歩いたよね。」

「覚えてる?」

「もちろん。」

私は笑った。

この桜並木は、私たちの思い出がたくさん詰まった場所だった。

転んで泣いた私を怜が背負ってくれたこと。

二人で桜の花びらを集めて遊んだこと。

ランドセルを揺らしながら競争したこと。

全部、昨日のことみたいに思い出せる。

「結衣ってさ。」

「ん?」

「昔から泣き虫だったよな。」

「ひどい!」

「だって本当じゃん。」

怜は声を上げて笑う。

「木につまずいて泣いて。虫見つけて泣いて。注射で泣いて。」

「もう!」

思わず肩を軽く叩くと、怜は「いてっ」と大げさに肩を押さえた。

「昔は俺がお前を守らなきゃって思ってた。」

その言葉に、私は思わず立ち止まる。

「……え?」

怜は少し照れくさそうに笑った。

「だって危なっかしかったし。」

「今でもそう思ってる?」

「もちろん。」

そう言って私の頭をぽんっと軽く叩く。

「だから心配なんだよ。」

その何気ない仕草だけで、胸がいっぱいになる。

⋯⋯好き。やっぱり私は、怜が好き。

でも、この気持ちは言えない。

幼馴染だから。

この関係が壊れるのが怖いから。

二人はいつもの公園へ寄った。

小さい頃から何度も遊んだブランコ。

今では少し小さく見える。

「懐かしいね。」

「小学生の頃は毎日来てたな。」

二人でブランコに座る。

春の風が頬を撫でた。

「そういえばさ。」

怜が急に立ち上がる。

「久しぶりに競争する?」

「え?」

「公園の入口まで!」

「ちょ、ちょっと!」

「よーい……」

怜はいたずらっぽく笑う。

「どん!」

勢いよく走り出した。

「待って!」

私は慌てて追いかける。

「怜ー!」

昔と同じように笑いながら走る。

少し離れてしまう背中。

だけど、いつもなら余裕そうに走る怜の足が、その日は少しだけ重そうに見えた。

そして⋯⋯。

「っ……。」

怜が一瞬だけ胸を押さえ、歩みを止めた。

「怜!」

私は慌てて駆け寄る。

「どうしたの?」

「……いや。」

怜はすぐに笑顔を作った。

「ちょっと息切れ。」

「でも、そんなに走ってないよ?」

「運動不足かな。」

そう言って笑う。

でも。

笑顔の奥に、ほんの少しだけ苦しそうな表情が見えた気がした。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。」

怜は私の頭を優しく撫でる。

「そんな心配そうな顔すんな。」

「……うん。」

納得なんてできなかった。

小さい頃から一緒にいる私だから分かる。

怜は、何かを隠している。

だけど、その時の私は――

まさかそれが、二人の未来を大きく変える秘密だとは思ってもいなかった。

夕日に照らされた桜並木を並んで歩く。

笑い合う私たちの影は、いつものように長く伸びていた。


この時間が、ずっと続くと信じていた。

信じたかった。

だけど運命は、そんなささやかな願いさえも静かに奪おうとしていた。


< 2 / 3 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop