『黒薔薇館の十三夜』

第四章 消えた鍵

 館の時計が、低く重い音を響かせる。

 ボーン……。

 午前十時。

 その音が鳴り終わっても、美咲たちは鍵の掛かった部屋の前から動けずにいた。

「……やっぱり、おかしいよ。」

 紗奈が小さく呟く。

「あの音、絶対に中から聞こえたよね。」

「俺もそう思う。」

 悠斗は扉を見つめたまま答えた。

「でも霧島さんは『誰もいない』って言った。」

「嘘をついてるのかな。」

 誰もその言葉を否定できなかった。

 すると蓮が腕を組み、ため息をつく。

「ここで考えてても仕方ない。館を全部調べよう。」

「賛成。」

 健人も頷く。

「何か分かるかもしれない。」

 七人は二手に分かれて館を探索することになった。

 悠斗、美咲、結衣。

 蓮、大翔、紗奈、健人。

 それぞれ一時間後に玄関ホールへ集合する約束をして。

 ◇

 三人が向かったのは一階西側の書斎だった。

 重厚な木製の扉を開けると、古い本の匂いが漂ってくる。

 壁一面の本棚には、革張りの分厚い本が隙間なく並んでいた。

「図書館みたい。」

 美咲は本棚に近づく。

 背表紙には外国語のタイトルばかり。

 歴史書、植物図鑑、建築学、医学書。

 どれも年代物だった。

 結衣は窓際の机に目を留める。

「これ……。」

 机の上には一冊の古びたアルバムが置かれていた。

 三人は顔を見合わせる。

「開けてみよう。」

 ページをめくると、そこには館で暮らしていたと思われる家族の写真が貼られていた。

 庭で笑う親子。

 クリスマスパーティー。

 誕生日。

 どの写真も幸せそうだ。

 だが、一枚だけ。

 最後のページだけが、不自然に破り取られていた。

「誰かが持っていったのかな。」

 悠斗が呟く。

 その時。

 パラリ。

 アルバムの間から、一枚の紙切れが床へ落ちた。

 美咲が拾い上げる。

 そこには震えた字で、こう書かれていた。

 『地下へ行ってはいけない。』

 三人は息を呑む。

「地下なんてあった?」

 結衣が首を傾げる。

「見てない。」

「館内図にもなかったよね。」

 美咲は紙を裏返す。

 しかし何も書かれていない。

 その時だった。

 廊下の方から誰かが走る音が聞こえてきた。

「美咲!」

 大翔だった。

 息を切らしながら飛び込んでくる。

「みんな、大変だ!」

「どうしたの?」

「霧島さんが……!」

 ◇

 玄関ホールへ戻ると、蓮たちが集まっていた。

 その中央で、霧島が困ったような表情を浮かべている。

「申し訳ありません。」

 深々と頭を下げる。

「館のマスターキーが見当たりません。」

「え?」

 健人が聞き返す。

「マスターキーって?」

「この館のすべての部屋を開けることができる鍵です。」

 その言葉に全員の顔色が変わった。

「なくなったんですか?」

「はい。」

「いつから?」

「朝食の後までは確かにございました。」

 霧島は冷静だった。

 だが、その額にはうっすら汗が浮かんでいる。

「誰かが持っていったってこと?」

 紗奈の声が震える。

「館には皆様しかおりません。」

 その一言で、空気が一変した。

 静寂。

 誰も口を開かない。

 つまり。

 鍵を持ち出したのは、この七人の誰か。

 そういうことになる。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 大翔が慌てて声を上げる。

「俺たちじゃないですよ!」

「もちろん疑っているわけではありません。」

 霧島はそう言うものの、その視線は一人ひとりを確かめるようだった。

「念のため、お部屋を確認させていただけますか。」

「荷物検査ってこと?」

 蓮が眉をひそめる。

「皆様の潔白を証明するためです。」

 誰も反対はできなかった。

 ◇

 三十分後。

 全員の部屋を調べ終えた。

 しかし鍵は見つからない。

「ありませんでした。」

 霧島は静かに告げた。

「じゃあ犯人は違うってこと?」

 美咲が尋ねる。

「……。」

 霧島は答えない。

 その沈黙が、かえって不気味だった。

 その時だった。

 カタン。

 二階から何かが落ちる音。

 全員が見上げる。

「今の音……。」

 悠斗が駆け出した。

「待って!」

 美咲たちも後を追う。

 二階へ上がると、例の鍵の掛かった部屋の前に、一つのものが落ちていた。

 銀色に光る鍵。

「これ……。」

 霧島が駆け寄る。

「マスターキー……。」

 誰かが、ここへ置いたのだ。

 しかも、ほんの今さっき。

 鍵にはまだ温もりが残っていた。

「誰かいた!」

 蓮が叫び、廊下の奥へ走る。

 悠斗も続く。

 しかし突き当たりまで行っても、誰の姿もない。

 逃げ道もない。

 窓はすべて内側から鍵が掛かっている。

「消えた……?」

 大翔が青ざめる。

 その時。

 結衣が壁を見つめたまま、小さく呟いた。

「……これ。」

 壁紙の端が少しだけ浮いていた。

 悠斗がそっと指を掛ける。

 ペリッ。

 壁紙がめくれる。

 その下には、古びた木の扉の縁が隠されていた。

「隠し扉……!」

 七人は思わず顔を見合わせる。

 この館には、まだ誰も知らない通路がある。

 そして、ついさっきまで誰かがそこを通っていたのかもしれない。

 霧島だけが、その扉を見つめたまま、今までで一番険しい表情を浮かべていた。

「……開けてはいけません。」

 その声は、初めて命令にも近い強さを帯びていた。

 しかし、美咲は気づく。

 霧島の右手が、小刻みに震えていることに。

 執事が恐れているのは、自分たちなのか。

 それとも――この扉の向こうにいる”何か”なのか。

 館に隠された秘密は、少しずつ姿を現し始めていた。
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