君島准教授、ちょっといいですか。
第11話 近況報告に来た卒業生
数日前、ダメ元で君島先生にメールを送った。
『27日に仕事で大学の近くへ行くのですが、もしお時間があれば、ご挨拶だけでもできたらと思いまして』
返信は短かった。
『15時以降なら大丈夫です』
相変わらず、必要なことしか書いていない。
だけど、久しぶりに君島先生を感じて嬉しかった。
仕事が終わって大学に着いたのは15時過ぎだった。
スーツのままキャンパスを歩く。
わ、懐かしい。
学生の頃は当たり前だった景色が、少しだけ新鮮に見えた。
卒業して数年しか経っていないのに、ここの空気は若い。
自分が大人になったことを実感する。
研究室へ続く廊下は相変わらず静かだった。
角を曲がると君島先生の研究室。
扉の前で息を吐く。
学生の頃はなんの抵抗もなくしょっちゅうノックしていたのに。
扉をノックすると中から「どうぞ」と懐かしい声がした。
君島先生だ。
「お久しぶりです」
研究室に入ると、びっくりするくらい何も変わっていなかった。
壁面いっぱいの本、窓際の観葉植物。
そして、自分の机で作業している君島先生。
「久しぶりだね。元気だった?」
「はい、おかげさまで」
「そう」
君島先生は目を細めた。
「君島先生は……びっくりするくらい変わらないですね」
「それは、褒め言葉だよね?」
「もちろんです!」
いつも学生といるから老けないのだろうか。
「あ、そうだ」
私はバッグから小さな袋を取り出した。
「これ、今地元で人気のお菓子なんです。先生、甘いもの好きでしたよね?」
「あ、いいの?ありがとう」
君島先生は満面の笑みでお菓子を受け取ってくれた。
「掛けて。コーヒーいれるから」
「ありがとうございます」
ああ、懐かしい、この感じ。
ほんとなんにも変わらない。
「研究室、全然変わってませんね」
君島先生はコーヒーをいれながら、
「変えるとね、物の場所がわからなくなるんだよ」
と笑った。
「ミルクと砂糖は?」
「あ、ブラックでお願いします」
「ん」
君島先生はカップを机の上に置き、私が持ってきたお菓子を開けてくれた。
「あ、お土産なのに」
「一緒に食べようよ」
「はい」
君島先生は自分の椅子の背もたれに身を預けた。
「仕事はどう?」
「けっこう大変ですよ」
「そうなんだ」
「もう毎日バタバタです」
私はいつもの日々を思い出して笑った。
「大きな会社じゃないですからね。ほんと私、なんでも屋です。入社した頃は『こんなことも私がやるの?』ってびっくりしましたよ」
「忙しそうだね」
「先生、慣れって怖いです」
私はコーヒーをひと口飲んだ。
「先生は相変わらずですね」
「相変わらずだね」
君島先生はお菓子をつまんだ。
「わ、おいしいね、これ」
「ですよね!良かった、お口に合って」
君島先生はお菓子の入っていた箱を裏返す。
「覚えておこう」
「このお菓子ね、友達の結婚式の引出物だったんですよ」
「へえ」
「結婚ですよ、友達が。もうそんな歳なんですよね、私」
「いくつだっけ?」
「26です」
「そっか」
「私なんて彼氏すらいませんよ。あ、やっぱこれおいしい」
上品な甘さが口に広がる。
「マッチングアプリとかもしたことあるんですよ」
「そうなの?」
「でも3日でやめました」
「早いね」
「なんか違うーってなって」
「そうなんだ」
「先生、マッチングアプリしたことあります?」
「ないよ」
「ですよね」
君島先生は楽しそうに笑った。
「ま、切羽詰まってないんでしょうね。友達と休みの日にご飯行ったりヨガ行ったり。ひとりで映画観に行ったり。結局そっちの方が楽しいから」
「なるほどね」
君島先生はカフェオレをひと口飲んだ。
「充実してそうだね」
私は少し考え、
「充実、なのかな。仕事はけっこう大変なんですけどね。まあ、でも」
君島先生はこちらを見ている。
「まあまあ楽しんでます」
と笑った。
「先生、また来ますね」
「うん。また寄って」
「ありがとうございます」
そう言って私は研究室を出た。
静かな廊下を歩く。
変わらずそこにいてくれる。
それだけで、なんだか嬉しかった。
足取りは軽かった。
『27日に仕事で大学の近くへ行くのですが、もしお時間があれば、ご挨拶だけでもできたらと思いまして』
返信は短かった。
『15時以降なら大丈夫です』
相変わらず、必要なことしか書いていない。
だけど、久しぶりに君島先生を感じて嬉しかった。
仕事が終わって大学に着いたのは15時過ぎだった。
スーツのままキャンパスを歩く。
わ、懐かしい。
学生の頃は当たり前だった景色が、少しだけ新鮮に見えた。
卒業して数年しか経っていないのに、ここの空気は若い。
自分が大人になったことを実感する。
研究室へ続く廊下は相変わらず静かだった。
角を曲がると君島先生の研究室。
扉の前で息を吐く。
学生の頃はなんの抵抗もなくしょっちゅうノックしていたのに。
扉をノックすると中から「どうぞ」と懐かしい声がした。
君島先生だ。
「お久しぶりです」
研究室に入ると、びっくりするくらい何も変わっていなかった。
壁面いっぱいの本、窓際の観葉植物。
そして、自分の机で作業している君島先生。
「久しぶりだね。元気だった?」
「はい、おかげさまで」
「そう」
君島先生は目を細めた。
「君島先生は……びっくりするくらい変わらないですね」
「それは、褒め言葉だよね?」
「もちろんです!」
いつも学生といるから老けないのだろうか。
「あ、そうだ」
私はバッグから小さな袋を取り出した。
「これ、今地元で人気のお菓子なんです。先生、甘いもの好きでしたよね?」
「あ、いいの?ありがとう」
君島先生は満面の笑みでお菓子を受け取ってくれた。
「掛けて。コーヒーいれるから」
「ありがとうございます」
ああ、懐かしい、この感じ。
ほんとなんにも変わらない。
「研究室、全然変わってませんね」
君島先生はコーヒーをいれながら、
「変えるとね、物の場所がわからなくなるんだよ」
と笑った。
「ミルクと砂糖は?」
「あ、ブラックでお願いします」
「ん」
君島先生はカップを机の上に置き、私が持ってきたお菓子を開けてくれた。
「あ、お土産なのに」
「一緒に食べようよ」
「はい」
君島先生は自分の椅子の背もたれに身を預けた。
「仕事はどう?」
「けっこう大変ですよ」
「そうなんだ」
「もう毎日バタバタです」
私はいつもの日々を思い出して笑った。
「大きな会社じゃないですからね。ほんと私、なんでも屋です。入社した頃は『こんなことも私がやるの?』ってびっくりしましたよ」
「忙しそうだね」
「先生、慣れって怖いです」
私はコーヒーをひと口飲んだ。
「先生は相変わらずですね」
「相変わらずだね」
君島先生はお菓子をつまんだ。
「わ、おいしいね、これ」
「ですよね!良かった、お口に合って」
君島先生はお菓子の入っていた箱を裏返す。
「覚えておこう」
「このお菓子ね、友達の結婚式の引出物だったんですよ」
「へえ」
「結婚ですよ、友達が。もうそんな歳なんですよね、私」
「いくつだっけ?」
「26です」
「そっか」
「私なんて彼氏すらいませんよ。あ、やっぱこれおいしい」
上品な甘さが口に広がる。
「マッチングアプリとかもしたことあるんですよ」
「そうなの?」
「でも3日でやめました」
「早いね」
「なんか違うーってなって」
「そうなんだ」
「先生、マッチングアプリしたことあります?」
「ないよ」
「ですよね」
君島先生は楽しそうに笑った。
「ま、切羽詰まってないんでしょうね。友達と休みの日にご飯行ったりヨガ行ったり。ひとりで映画観に行ったり。結局そっちの方が楽しいから」
「なるほどね」
君島先生はカフェオレをひと口飲んだ。
「充実してそうだね」
私は少し考え、
「充実、なのかな。仕事はけっこう大変なんですけどね。まあ、でも」
君島先生はこちらを見ている。
「まあまあ楽しんでます」
と笑った。
「先生、また来ますね」
「うん。また寄って」
「ありがとうございます」
そう言って私は研究室を出た。
静かな廊下を歩く。
変わらずそこにいてくれる。
それだけで、なんだか嬉しかった。
足取りは軽かった。