君島准教授、ちょっといいですか。

第7話 推し活にお金を使いすぎる学生

「先生、明日のレジュメ印刷させてください」
君島先生はちらりと顔を上げ、
「どうぞ」
と言うと書類に視線を戻した。
研究室のパソコンにUSBを差し込む。
ああ、よかった、明日のゼミに間に合って。
印刷ボタンを押すと、プリンターが低い音を立て始めた。
印刷する音だけ研究室に響く。
君島先生は気にも留めずに書類を読んでいる。
読みながら机の上のカップに手を伸ばし、ゆっくりと口に運んだ。
なんか、手持ち無沙汰……。
「先生」
「ん?」
「先生って、推しとかいます?」
「え?」
君島先生がふと顔を上げた。
「推しですよ、推し」
「カフェオレ」
「それは飲み物です。そういうことじゃなくて、推してる人ですよ」
「いない」
「えーそれ、絶対損してますよー」
「そうかなぁ」
「そうです!推しがいた方が人生絶対楽しい!」
「ふーん」
「全然興味ないじゃないですか」
君島先生は笑いながら「うん」と頷いた。
「君は推しがいるの?」
「それ、聞きます?長くなりますよ?」
「あ、じゃあいい」
君島先生は顔の前で手を払った。
「聞いてくださいよ」
「話したいんでしょ」
「はい」
君島先生はくすくす笑った。
「まず、顔です。もうドストライク」
「ほう」
「で、スタイルいいし、歌もダンスも上手いし、努力家だし、優しいし。もう完璧なんです!」
「へえ」
「そんな興味なさそうな返事しないでくださいよ。先生が聞いたんですから」
「はい」
「で。もう、ライブが最っ高なんです!初めてライブ参戦した時なんて、『あ、ほんとにこの世に存在してるんだ!』って思って感動して泣いちゃいましたもん」
「よかったねぇ」
「しかもですよ!私、『ウィンクして!』って書いたうちわ持ってたんですけど!」
「うん」
「私の方見てウィンクしてくれたんです!ファンサもらえたんです!」
「ふーん」
「今、それは勘違いじゃないか?って思いませんでした?」
「なんでわかったの?」
「先生、わかってないです」
「はあ」
「あれは、私へのファンサ。誰がなんと言おうと。もうそういうことなんです」
「そういうことなのね」
君島先生は楽しそうに笑った。
「でもね、先生」
「ん」
「お金かかるんですよ、推し活は」
「そうなの?」
「今月ライブあったから、もう金欠もいいとこです」
「いくら使ったの?」
「……言います?」
「うん」
「……14万」
君島先生がむせた。
「14万⁉︎」
「はい。だから今私、めっちゃ貧乏です」
「どうしてそんなにかかるの?」
「遠征したから旅費がかかったし、グッズも買わなきゃいけないじゃないですか」
「買わなきゃいけないの?」
「そりゃそうですよ。ツアー限定グッズですよ?」
「限定」
「二度と買えないんですよ?」
「なるほど」
「だから、お金がかかるんです」
「遠征代はバイトで?」
「もちろんです。そのためにバイトしてるようなものですもん」
「すごい情熱だ」
「あー、今月はもやしと納豆で乗り切らないと」
「もやしと納豆?食事はちゃんと摂ってほしいなぁ」
「しょうがないですよ。推し活のためには切り詰めないと」
「でも、君が体を壊したら元も子もないじゃない」
君島先生は眉を下げている。
「まあ、そうなんですけど」
「推しも喜ばないんじゃない?」
「え?」
「長く応援してもらいたいんじゃないかな。わからないけど」
そう言うと君島先生は目を細めた。

印刷が終わったレジュメをトントンと机で揃えた。
「先生」
「ん?」
「私、長く愛するに一票!」
「うん」
「推し活予算、組む!」
「うん、いいね。あ、生活の予算もね」
「はい」
「じゃ、先生、失礼します」
ドアノブに手をかけ振り向き、
「先生にも推しができたら教えてくださいね」
そう言うと君島先生は、
「できたらね」
と笑った。


< 7 / 14 >

この作品をシェア

pagetop