君島准教授、ちょっといいですか。
第8話 教師を目指していいのかわからなくなった学生
明日で中学校での教育実習が終わる。
私は実習日誌を指導教員の机の上に置いた。
『僕がいなかったら、机の上に置いて帰っていいよ』
実習序盤、そう言われて従っているけど。
先生、今日も席にいない。
職員室の電話が鳴る。
「申し訳ございません。いえいえ、そういうことではなくてですね」
隣の先生が電話口で謝っている。
誰かの保護者かな。
「教頭先生、この書類明日〆切なんで急ぎで見てもらっていいですか?」
「すみませーん、高校さんが進路担当にパンフレット持ってきてますけどー」
「社会見学の予約ってしました?」
「グラウンドにいるんで、もし電話あったら教えてください」
誰かが戻れば誰かが出て行く。
職員室って。
こんなに忙しい場所だったんだ。
この部屋で忙しくないのは、私だけ。
しかも、この合間に授業の準備もしなくちゃいけない。
え、先生って、いつ休んでるの?
最終日のホームルーム。
教壇で最後の挨拶をすると、盛大な拍手が起こった。
すると、学級委員さんが何かを隠すように近づいてきて、
「先生ありがとうございました。先生も勉強頑張ってください。僕たちも頑張ります」
そう言ってサプライズの花束を差し出した。
一気に込み上げてくるものがあった。
すぐに目頭が熱くなった。
「ありがとう」
するとまた盛大な拍手が起こった。
ホームルームが終わると、私の周りに生徒たちが集まってきた。
口々に、
「先生ありがとう」
「また来てね」
と声をかけてくれた。
「ありがとうございました」
帰り際、指導教員の先生に頭を下げた。
「お疲れさまでした。大変だったでしょ」
「あ、いえ、私より先生の方が。お忙しいのに」
そう言うと先生は笑った。
「大学への提出物、忘れないでね」
「はい。お世話になりました」
校舎を出た後、空を見上げた。
大きく息を吐いた。
数日後。
少し久しぶりのキャンパス。
慣れた場所にほっとする。
教職担当へ提出物を出し、いつもの景色を歩く。
これで教育実習も終わり。
無事に終えられ、ひとまず肩の荷が降りた、けど。
……そういえば。
君島先生いるかな。
先生にも報告しておこう。
法学部棟に向かった。
研究室の扉をノックすると、いつもどおり「どうぞ」と中から声が聞こえた。
「失礼します」
「あ」
「教育実習、無事終わりました」
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
「どうだった?」
「大変でしたけど、なんとか乗り切りました」
「そう」
「子どもたちのおかげかな。みんなめちゃくちゃかわいくて」
「よかったね」
君島先生は目を細めた。
私は頷けなかった。
「ん?」
君島先生は首を傾げている。
子どもたちが本当にいい子たちだった。
素直でまっすぐで。
だからこそ。
「……先生」
「ん?」
「私、教師目指してもいいのか、わからなくなっちゃって」
君島先生は、持っていた赤ペンを机に置いた。
「どうして?」
「……責任の重さを痛感した、っていうか」
「あー」
「先生って、子どもの人生に関わる仕事じゃないですか」
「そうだね」
「実際に現場を見たら、先生たち、本当にすごくて」
「うん」
「ほんと、休む間もなく働いてて……」
「うん」
「それでも、ちゃんと生徒一人ひとりと向き合って……」
「うん」
「私、あんな先生になれるのかなって……」
「……」
「……子どもたちは本当にかわいかったから」
「うん」
「あのまっすぐな目を裏切れないって思って……」
目を伏せた。
君島先生は何も言わない。
「怖くなった?」
口に出すのをためらっていた感情を、君島先生はずばり言った。
私はこくりと頷いた。
「もし私の一言で傷つけてしまったら、とか、授業で何か大事なことを教えられなかったら、とか、考え始めたら怖くなっちゃって」
「うん」
君島先生は腕を組んだまま、何も言わない。
困らせちゃったかな。
「一つ聞いてもいい?」
「はい」
「教師になりたくなくなった?」
「……」
私は首を横に振った。
「なりたいです」
その一言が、自分でも意外だった。
「でも、怖いんです」
「そっか」
すると君島先生は少し笑った。
「安心した」
「え?」
「怖いって思える人でよかった」
私は首を傾げた。
「それはちゃんと向き合った証拠だから」
そう言うと、君島先生はふと指を顎に当てた。
「あ、でも、僕は大学の教員だから」
君島先生は少し考え込んだ。
「現場の先生とは、見えてる景色が違う」
学生が出て行くと、研究室に静けさが戻った。
背もたれに身を預け、小さく息を吐く。
「……現場の先生に聞いてみるか」
スマホを手に取った。
スマホの画面には『直海さん』の文字。
『今、電話してもいい?』
メッセージを送信すると、すぐに既読になった。
『もちろん。どうした?』
君島先生は通話ボタンを押した。
私は実習日誌を指導教員の机の上に置いた。
『僕がいなかったら、机の上に置いて帰っていいよ』
実習序盤、そう言われて従っているけど。
先生、今日も席にいない。
職員室の電話が鳴る。
「申し訳ございません。いえいえ、そういうことではなくてですね」
隣の先生が電話口で謝っている。
誰かの保護者かな。
「教頭先生、この書類明日〆切なんで急ぎで見てもらっていいですか?」
「すみませーん、高校さんが進路担当にパンフレット持ってきてますけどー」
「社会見学の予約ってしました?」
「グラウンドにいるんで、もし電話あったら教えてください」
誰かが戻れば誰かが出て行く。
職員室って。
こんなに忙しい場所だったんだ。
この部屋で忙しくないのは、私だけ。
しかも、この合間に授業の準備もしなくちゃいけない。
え、先生って、いつ休んでるの?
最終日のホームルーム。
教壇で最後の挨拶をすると、盛大な拍手が起こった。
すると、学級委員さんが何かを隠すように近づいてきて、
「先生ありがとうございました。先生も勉強頑張ってください。僕たちも頑張ります」
そう言ってサプライズの花束を差し出した。
一気に込み上げてくるものがあった。
すぐに目頭が熱くなった。
「ありがとう」
するとまた盛大な拍手が起こった。
ホームルームが終わると、私の周りに生徒たちが集まってきた。
口々に、
「先生ありがとう」
「また来てね」
と声をかけてくれた。
「ありがとうございました」
帰り際、指導教員の先生に頭を下げた。
「お疲れさまでした。大変だったでしょ」
「あ、いえ、私より先生の方が。お忙しいのに」
そう言うと先生は笑った。
「大学への提出物、忘れないでね」
「はい。お世話になりました」
校舎を出た後、空を見上げた。
大きく息を吐いた。
数日後。
少し久しぶりのキャンパス。
慣れた場所にほっとする。
教職担当へ提出物を出し、いつもの景色を歩く。
これで教育実習も終わり。
無事に終えられ、ひとまず肩の荷が降りた、けど。
……そういえば。
君島先生いるかな。
先生にも報告しておこう。
法学部棟に向かった。
研究室の扉をノックすると、いつもどおり「どうぞ」と中から声が聞こえた。
「失礼します」
「あ」
「教育実習、無事終わりました」
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
「どうだった?」
「大変でしたけど、なんとか乗り切りました」
「そう」
「子どもたちのおかげかな。みんなめちゃくちゃかわいくて」
「よかったね」
君島先生は目を細めた。
私は頷けなかった。
「ん?」
君島先生は首を傾げている。
子どもたちが本当にいい子たちだった。
素直でまっすぐで。
だからこそ。
「……先生」
「ん?」
「私、教師目指してもいいのか、わからなくなっちゃって」
君島先生は、持っていた赤ペンを机に置いた。
「どうして?」
「……責任の重さを痛感した、っていうか」
「あー」
「先生って、子どもの人生に関わる仕事じゃないですか」
「そうだね」
「実際に現場を見たら、先生たち、本当にすごくて」
「うん」
「ほんと、休む間もなく働いてて……」
「うん」
「それでも、ちゃんと生徒一人ひとりと向き合って……」
「うん」
「私、あんな先生になれるのかなって……」
「……」
「……子どもたちは本当にかわいかったから」
「うん」
「あのまっすぐな目を裏切れないって思って……」
目を伏せた。
君島先生は何も言わない。
「怖くなった?」
口に出すのをためらっていた感情を、君島先生はずばり言った。
私はこくりと頷いた。
「もし私の一言で傷つけてしまったら、とか、授業で何か大事なことを教えられなかったら、とか、考え始めたら怖くなっちゃって」
「うん」
君島先生は腕を組んだまま、何も言わない。
困らせちゃったかな。
「一つ聞いてもいい?」
「はい」
「教師になりたくなくなった?」
「……」
私は首を横に振った。
「なりたいです」
その一言が、自分でも意外だった。
「でも、怖いんです」
「そっか」
すると君島先生は少し笑った。
「安心した」
「え?」
「怖いって思える人でよかった」
私は首を傾げた。
「それはちゃんと向き合った証拠だから」
そう言うと、君島先生はふと指を顎に当てた。
「あ、でも、僕は大学の教員だから」
君島先生は少し考え込んだ。
「現場の先生とは、見えてる景色が違う」
学生が出て行くと、研究室に静けさが戻った。
背もたれに身を預け、小さく息を吐く。
「……現場の先生に聞いてみるか」
スマホを手に取った。
スマホの画面には『直海さん』の文字。
『今、電話してもいい?』
メッセージを送信すると、すぐに既読になった。
『もちろん。どうした?』
君島先生は通話ボタンを押した。