君島准教授、ちょっといいですか。
第9話 地元に帰りたくない学生
学食のハワイアンカフェはいつも混み合っている。
トレーを持ったまま辺りを見回すと、カウンター席がひとつ空いていた。
……あ。
あの後ろ姿はおそらく。
「ここ、いいですか」
「あ、どうぞ」
予想どおりの君島先生が上目遣いで私を見た。
「ありがとうございます」
トレーをカウンターに置いて腰掛けた。
「先生もここ、来るんですね」
「今日は口がハンバーガーになってしまってて我慢できなかった」
思わず吹き出してしまった。
「あ、すみません」
「なんで笑うの」
「先生もそんなこと言うんですね」
「あるでしょ?そういう日」
「はい」
笑いながら頷く。
「今日は食べられたからいいけどさ」
君島先生は飲み物をひと口飲んだ。
「口がハンバーガーの日に食べられないと、口の中修正するの大変でさ」
「修正って」
おかしくてしかたない。
「どうやって修正するんですか?」
「違うメニュー見て自分を洗脳する」
我慢できずに声を出して笑ってしまった。
「え、しない?」
「わかりますけど、洗脳って」
ダメだ、ツボだ。
笑いが止まらない。
「先生おもしろいですね」
「そうかな」
君島先生はハンバーガーを頬張る。
「そうです」
私も隣でハンバーガーを口に運んだ。
ちらりと右を見る。
君島先生は両肘をついてハンバーガーを包み、黙々と食べていた。
「先生?」
「ん?」
「先生はここが地元ですか?」
「ううん」
「ずっと地元離れて住んでます?」
「そうだね」
「親に『帰ってきて』とか言われません?」
「あー」
君島先生はハンバーガーを両手で包んだまま見上げ、
「言われないなぁ」
と呟いた。
「……いいなぁ」
「そう?」
「はい、うらやましいです」
小さなため息が漏れた。
「私の実家、田舎なんですよ」
「うん」
「家の周りで働けそうなとこなんて、役場か郵便局かJAくらいで」
「うん」
「買い物行くにも働きに行くにも、隣町まで行かないとなんにもないんです」
「そうなんだ」
「隣町だって全然都会じゃないから、職種限られてるし」
「うん」
「でも親は帰っておいで、って言うんです……」
「帰りたくないの?」
「……はい」
「そう」
君島先生はハンバーガーを口に含み、何も言わない。
「なんか……」
「うん」
「すごい将来の話されるんです」
「将来?」
「はい。畑は沢山あるから、好きなところに家建てれるよ、とか」
「あー」
「子どもが生まれたら面倒見てあげられるよ、とか」
「うん」
「まだ仕事も決まってないのに、そんなところまで考えられないですよ」
「そうだね」
「でも、母の気持ちもわかるんです」
「うん」
「母は嫁としてあの家で暮らしてきたから」
「うん」
「子育ても、多分いろいろ気を遣ったんだと思います」
「なるほどね」
「だけど……」
私はハンバーガーを両手で包んだまま、斜め上を見た。
「今帰ったら、なんか人生決まっちゃいそうで……」
「決まっちゃう?」
「はい」
「どんなふうに?」
「就職して、結婚して、家建てて、子ども産んで」
視線を落とす。
「気付いたら一生そこにいる気がして」
ため息が出た。
「それは嫌なの?」
君島先生がこちらを見る。
「……嫌というか」
君島先生をちらりと見た。
「まだ決めたくないんです」
「うん」
君島先生は小さく頷いた。
「君は、どんな人生なら納得できそう?」
君島先生は私の顔を少しだけ覗き込んだ。
どんな人生……
私は……
「自分で選びたいです」
「うん」
「でも……」
「ん?」
「母には言いづらくて」
「うん」
「大学は県外に出してもらえましたけど、それはまあ期間限定だから。だけど県外で就職ってなると、ずっと帰ってこないってきっと思う」
「そうかもね」
そう言うと君島先生はしばらく黙っていた。
少しして、
「お母さんに、一番伝えたいことって何?」
君島先生はさらりと言った。
「え?」
私は言葉に詰まった。
「……帰りたくないこと、かな」
私がそう言うと、君島先生は首を少し傾げた。
「……それかな」
「え?」
「君がさっき一番長く話してたのは、そこじゃなかった気がする」
君島先生は体を私に向けた。
「君、自分で答え言ってたよ」
その一言に、息をのんだ。
私は視線を落とした。
「自分で選びたいって、言いたい……けど」
言葉が続かなかった。
「自分の本音で、お母さんを悲しませてしまいそうで怖いです」
君島先生は何も言わなかった。
私も何も言えなかった。
学生の話し声がいやに大きく聞こえた。
「そうか」
君島先生はそう呟くとまたしばらく黙った。
「君は、お母さんを悲しませたくない」
「はい」
「君も悲しみたくない」
こくりと頷く。
「難しいね」
君島先生は頬杖をついたまま、黙っていた。
私は視線を落としたままハンバーガーを口に運んだ。
君島先生は壁の時計を見上げた。
「あ」
「え?」
「やばい」
君島先生は残っていた飲み物を流し込んだ。
「会議なんだよ」
「お疲れさまです」
「内緒だけど、僕、会議嫌い」
私はまた吹き出してしまった。
君島先生は急いで席を立った。
トレーを持ったまま辺りを見回すと、カウンター席がひとつ空いていた。
……あ。
あの後ろ姿はおそらく。
「ここ、いいですか」
「あ、どうぞ」
予想どおりの君島先生が上目遣いで私を見た。
「ありがとうございます」
トレーをカウンターに置いて腰掛けた。
「先生もここ、来るんですね」
「今日は口がハンバーガーになってしまってて我慢できなかった」
思わず吹き出してしまった。
「あ、すみません」
「なんで笑うの」
「先生もそんなこと言うんですね」
「あるでしょ?そういう日」
「はい」
笑いながら頷く。
「今日は食べられたからいいけどさ」
君島先生は飲み物をひと口飲んだ。
「口がハンバーガーの日に食べられないと、口の中修正するの大変でさ」
「修正って」
おかしくてしかたない。
「どうやって修正するんですか?」
「違うメニュー見て自分を洗脳する」
我慢できずに声を出して笑ってしまった。
「え、しない?」
「わかりますけど、洗脳って」
ダメだ、ツボだ。
笑いが止まらない。
「先生おもしろいですね」
「そうかな」
君島先生はハンバーガーを頬張る。
「そうです」
私も隣でハンバーガーを口に運んだ。
ちらりと右を見る。
君島先生は両肘をついてハンバーガーを包み、黙々と食べていた。
「先生?」
「ん?」
「先生はここが地元ですか?」
「ううん」
「ずっと地元離れて住んでます?」
「そうだね」
「親に『帰ってきて』とか言われません?」
「あー」
君島先生はハンバーガーを両手で包んだまま見上げ、
「言われないなぁ」
と呟いた。
「……いいなぁ」
「そう?」
「はい、うらやましいです」
小さなため息が漏れた。
「私の実家、田舎なんですよ」
「うん」
「家の周りで働けそうなとこなんて、役場か郵便局かJAくらいで」
「うん」
「買い物行くにも働きに行くにも、隣町まで行かないとなんにもないんです」
「そうなんだ」
「隣町だって全然都会じゃないから、職種限られてるし」
「うん」
「でも親は帰っておいで、って言うんです……」
「帰りたくないの?」
「……はい」
「そう」
君島先生はハンバーガーを口に含み、何も言わない。
「なんか……」
「うん」
「すごい将来の話されるんです」
「将来?」
「はい。畑は沢山あるから、好きなところに家建てれるよ、とか」
「あー」
「子どもが生まれたら面倒見てあげられるよ、とか」
「うん」
「まだ仕事も決まってないのに、そんなところまで考えられないですよ」
「そうだね」
「でも、母の気持ちもわかるんです」
「うん」
「母は嫁としてあの家で暮らしてきたから」
「うん」
「子育ても、多分いろいろ気を遣ったんだと思います」
「なるほどね」
「だけど……」
私はハンバーガーを両手で包んだまま、斜め上を見た。
「今帰ったら、なんか人生決まっちゃいそうで……」
「決まっちゃう?」
「はい」
「どんなふうに?」
「就職して、結婚して、家建てて、子ども産んで」
視線を落とす。
「気付いたら一生そこにいる気がして」
ため息が出た。
「それは嫌なの?」
君島先生がこちらを見る。
「……嫌というか」
君島先生をちらりと見た。
「まだ決めたくないんです」
「うん」
君島先生は小さく頷いた。
「君は、どんな人生なら納得できそう?」
君島先生は私の顔を少しだけ覗き込んだ。
どんな人生……
私は……
「自分で選びたいです」
「うん」
「でも……」
「ん?」
「母には言いづらくて」
「うん」
「大学は県外に出してもらえましたけど、それはまあ期間限定だから。だけど県外で就職ってなると、ずっと帰ってこないってきっと思う」
「そうかもね」
そう言うと君島先生はしばらく黙っていた。
少しして、
「お母さんに、一番伝えたいことって何?」
君島先生はさらりと言った。
「え?」
私は言葉に詰まった。
「……帰りたくないこと、かな」
私がそう言うと、君島先生は首を少し傾げた。
「……それかな」
「え?」
「君がさっき一番長く話してたのは、そこじゃなかった気がする」
君島先生は体を私に向けた。
「君、自分で答え言ってたよ」
その一言に、息をのんだ。
私は視線を落とした。
「自分で選びたいって、言いたい……けど」
言葉が続かなかった。
「自分の本音で、お母さんを悲しませてしまいそうで怖いです」
君島先生は何も言わなかった。
私も何も言えなかった。
学生の話し声がいやに大きく聞こえた。
「そうか」
君島先生はそう呟くとまたしばらく黙った。
「君は、お母さんを悲しませたくない」
「はい」
「君も悲しみたくない」
こくりと頷く。
「難しいね」
君島先生は頬杖をついたまま、黙っていた。
私は視線を落としたままハンバーガーを口に運んだ。
君島先生は壁の時計を見上げた。
「あ」
「え?」
「やばい」
君島先生は残っていた飲み物を流し込んだ。
「会議なんだよ」
「お疲れさまです」
「内緒だけど、僕、会議嫌い」
私はまた吹き出してしまった。
君島先生は急いで席を立った。