手を、つないで 〜ふたりの未来〜
お付き合いを始めて、初めてのイベントはクリスマス。年末年始を経て、バレンタインにホワイトデー。
全部、仕事が忙しくて、会えなかった。
彼も、私も残業続きで、ゆっくり会えなくて。
実はバレンタインの前に私の誕生日があったんだけど、言えなかった。聞かれていなかったし、その時期彼はずっと残業続きで話すタイミングもなかった。そして当日はバタバタしていて、自分でもすっかり忘れていたのだ。夜、母親からメッセージが来て、初めて思い出したというていたらく。
でも、それが原因で、彼を怒らせてしまった。
ホワイトデー当日には会えなくて、やっと会えた3月18日のこと。
仕事の帰りに待ち合わせて、私の最寄駅近くの定食屋さんでご飯を食べた後、家に送ってもらっていた。いつものように、手をつないで。
「え……2月?4日?」
目を丸くする彼。私は頷く。
その日、私の部署に誕生日の人がいて、その話をしたら、そういえば、と彼に聞かれた。
足が止まった彼は、目を丸くしたまま私を見ている。
やがて、フイと目をそらして、うつむいてしまった。そのまま動かない。
「あ、あの……」
「……なんで、言ってくれなかったんですか……」
抑えた声。いつもよりももっと低い。
「あの……その頃、私も松永さんも、凄く忙しくて、言いにくくてそのまま……自分でも忘れてたくらいで、夜に母からメッセージもらって思い出したんです……」
言い訳を絞り出す。
彼はうつむいて、黙ったまま。
私もうつむいてしまう。
「……すみません……」
そう言ったけど、彼は動かない。
……怒っている、気がする。そんな雰囲気。
つないでいる手をぎゅっと握って、歩き出す。
私もついて行く。彼の顔が見られない。
歩きながら聞こえてきた、凄く小さな声。
「……俺が、悪いんで……」
ななめ後ろから見える表情は、無表情。でも、多分怒ってる。
頭の中は真っ白になってしまう。どうしたらいいかわからない。
歩いていたら、家に着く。彼は部屋の前まで送ってくれる。
「……ありがとうございました」
いつも通りお礼を言うけど、声が掠れてしまう。だって、彼が怖い。違う。彼を怒らせてしまっていることが怖い。
彼は黙って立っている。私はうつむいたまま、動けない。
「……入って、ください……」
彼の声も少し掠れている。抑えているのがわかる。やっぱり怒ってる。
このままじゃ嫌だ。でも何もできない。
仕方なく、鞄から鍵を出す。持ったまま立ち尽くしていると、彼がすっと鍵を持っている手を包んだ。そして、私の手から鍵を取る。彼の手はあったかい、と思った。
彼は鍵を回して、ドアを開けた。
中に入るように手で示される。
「あまりここにいると、近所迷惑になりますから……」
彼の言うことはもっともだ。だから中に入る。
振り返ると、無表情の彼。無意識に、優しく笑う彼を期待していた。いつのまに、私はこんなに欲張りになっていたんだろう。彼が笑ってくれるのを当然のことだと思ってしまっていた。
彼は私の手に鍵を握らせた。
「……じゃあ」
パタン、とドアが閉まった。
反射的に鍵をかける。そうすると、彼は帰って行く。いつもそうだった。いつも私が安全でいることを1番に考えてくれる。
今日みたいに怒っている時もそうなんだ、と思った。本当に、私は大切に思ってもらえている。
それなのに、怒らせた。
誕生日のことは、本当に単に言いづらかっただけ。お祝いしてって言ってるみたいで、おこがましく思ったからだった。
でも。
反対の立場だったら?
彼の誕生日を、今私は知っているけど、もし知らなかったら。そしてもう過ぎてしまったとしたら。
誕生日を祝えなかった。1人で過ごさせてしまった。どうして言ってくれなかったの。一言「今日、誕生日なんです」って言ってくれたら。私が忙しくて言えなかったのかな。それでも言ってほしかった。お祝いしたかった。
悲しみで、体中がいっぱいになった。
彼も、そうなのかもしれない。怒っていると思ってたけど、悲しかったのかも。そして、怒りの感情があるとしたら、彼はそれを自分に向ける。言いにくい状況を作ったのは自分だと、自分を責める。
きっと、今、彼はその状態だ。