手を、つないで 〜ふたりの未来〜
8.航
ーーー今日はちょっと話したいです
ーーー電話してもいい時間、教えてください
彼女からメッセージがきた。21時。
ーーー今から帰るところなので、家に着いたら連絡します
一間おいて。
ーーーわかりました
『待ってるよ』というスタンプ。もふもふ犬。
スタンプの可愛さに彼女を重ねて、顔がにやける。
そのまま鞄を持って、ドアに向かう。今日は俺が最後。電気を消す。
彼女がいる隣の部屋は、とっくに電気が消えている。廊下も非常灯だけで、今電気がついてるのは、営業の部屋だけだ。まだ誰かいるのか。
そっと隣の部屋のドアを開ける。非常灯のおかげで物の位置はわかる。
彼女のデスクに近付く。マウスの横に、コーヒーチョコレートを一つ置いた。
少しは、元気になれてるだろうか。
前に、彼女がくれた。俺が、仕事が詰まってて、張り詰めた糸が切れそうになっていた時、それで救われたコーヒーチョコレート。
本当は直接渡したいけど、人がいる時は無理だから、残業して周りに人がいない時に置いている。
メッセージや電話で伝えることもできるけど、『元気になれ』って押し付けているようで、なんとなくできていない。
でもよく考えたら、気持ち悪くないか?誰からかわからないチョコレートって。
……今日、言おう。
廊下に出ようとしてドアを開けたら人がいた。
「うわっ⁈」
相手は叫んだけど、俺は声も出ない。
固まって、相手を凝視する。
「ま、松永さん?」
「……おう」
谷垣だった。営業の。
「なにしてるんですか、ここ松永さんのとこじゃないですよね」
「いや、ちょっと用があって……」
「もー怖いじゃないですか、やめてくださいよ」
「ごめん」
謝る必要があるのかどうか。こいつこそ何してんだ。
「音がしたから何かと思ってビビるじゃないですか」
若干涙目なのは気のせいか?そんなに怖がるなら見に来なきゃいいのに。
「……まだ帰らないのか?」
「今帰るところだったんですよ。俺で最後です」
「じゃあ一緒に出るぞ」
最後に出る時は、ビルの警備員さんに報告するきまりだ。警備員室に寄って、外に出る。
「あの部屋、最近出るんですよ」
「……何が?」
「幽霊」
谷垣、声が震えてる。それであんなに怖がってたのか。
「なんか、人がいなくなって暗くなってるところに、ぼわ〜って人影が見えるんですよ」
……それは……。
「それですぐに消えるんです」
……。
「き、気のせいじゃないのか?」
「違いますよ!この目で見たんですから!僕だけじゃなくて作倉もですよ!昨日も一昨日も!今日は松永さんでしたけど」
涙目の谷垣……ごめん。
「……働き過ぎじゃないか?早めに帰れば見なくて済む」
「確かに、ここ最近残業多くて……」
「ほら、ちょっと休んだ方がいいって言われてんだよ、その幽霊に」
「そうですかね……」
「心配してくれてんじゃないか?いい幽霊だよきっと」
「そっか……」
良かった、涙は引っ込んだらしい。
「松永さん、今日いっぱいしゃべってくれて嬉しいです」
突然笑顔で言われた。罪悪感が半端ない。ごめん谷垣。
「この勢いで、飲みに行きましょう!」
「いやごめん、用事ある」
「えー……じゃあ今度!お願いします!」
「わ、わかった……」
「噂の彼女のこと、聞かせてくださいねっ」
「嫌だ」
「そんなこと言わないで!」
謝罪は撤回しよう。
賑やかな谷垣をあしらいながら、駅に向かった。