手を、つないで 〜ふたりの未来〜
ーーー今日残業?
彼からメッセージが来た。
ーーーはい。ちょっとやることができたので
ーーーじゃあ、時間が合ったら一緒に帰ろう
『了解です』のスタンプを送る。
木原さんがバタバタしてるということは、同じチームの彼もバタバタしてるということで。
後で、なにか差し入れしようかな。木原さんにも。
静かにドアが開いた音がした。
振り返って見ると、彼だった。書類を持ってる。資料かな。
目が合った、と思ったら、私のところに向かって来る。あれ?木原さんに用じゃないの?
私の横に来て、マウスの横に、そっと手を出してコーヒーチョコを置いた。
彼の手は相変わらず大きくて、節くれだった長い指。チョコが小さく見える。
顔を上げて彼を見る。優しく微笑んでくれる。
私も微笑みを返した。
ふと、視線を感じた。
木原さんが、目をまん丸くしてこっちを見ている。
私と彼を、交互に。
彼も視線に気付いて、木原さんのところに行く。表情は仕事モードの鉄仮面。
「これ、夕方広瀬が持ってきた資料です」
書類を木原さんに渡す。
「あっ……ありがとうございます」
木原さんも通常モードに戻った。その後、彼と木原さんは資料を見ながら話をしていた。
私は、コーヒーチョコを口に入れる。おいしい。
2、3分話して、彼は最後に木原さんにもコーヒーチョコを渡して、去って行った。
パタンとドアが閉まる。
また視線を感じた。木原さんが私を見ている。
私は素知らぬ振りをして、パソコンに向かっている。視線が痛い。
「中森さん」
ついに話しかけられてしまった。
手を止めて、木原さんを見る。
「ん?なあに?」
平静を装ってる、つもり。
「もしかして、松永さんと付き合ってますか?」
ずばり聞いてくるなあ、木原さんは。
「えーと……そんなことは……」
「ありますよね?松永さんが笑うとこなんて初めて見ましたよ。しかもあんな親しげに」
早苗ちゃんの席にきて、私に迫って来る。
どうしよう。こんな時はどうすればいい?
困っていたら、ドアが開いて彼が戻ってきた!
「木原さん、これさっきの……1枚抜けてて……」
私と私に迫っている木原さんを見て、彼は目をぱちくりさせる。
「松永さん」
木原さんは顔だけをグリッと彼に向けた。
「今、中森さんに聞いてたんです。お2人、付き合ってますよね?」
「へ……」
珍しく彼が変な声を出した。初めて聞いたかも。
「そうとしか見えないんですけど」
木原さんは私の3年後輩。入社当初からはっきりとものを言う、気持ちのいい人だった。
「どうなんですか?」
「え……っと……」
彼が私を見る。
どちらかというと、今まで周りに言うのを止めてきたのは私。彼は『言いたい』のだと、ずっと言っていた。
社内恋愛は禁止じゃない。ただ周りが仕事しにくくなるかもしれないから、と今まで内緒にしてきた。
私の場合はそれだけじゃない。彼は各所にファンがいる人気者だ。隣にいるのが私でいいのかなって思ってた。今も不安は消えてない。
消えてないけど。
「うん」
私が言うと、彼は目を見開いた。木原さんが、グリッと今度は私を向く。
「お付き合い、してます」
言っている短い間にもくじけそうになったけど、なるべくはっきり言った。
木原さんが、またグリッと彼を見た。
彼は少しだけビクッとして、その後、力強く頷いた。
「付き合ってます」
うわあ……体中の血が沸騰してる。熱い。
木原さんは、私と彼をグリグリッと2回交互に見て、はあ〜っと息をついた。笑顔で。
「なんか……なんか、いいですねえ……」
思ってなかった反応が返ってきた。
「仕事では厳しい松永さんが、中森さんの前では優しく笑う……さすが社内きっての癒し系……推せます」
最後は鼻息荒い感じ。どういうこと?
「推せるって……」
「推せます。つまり応援しますってことです」
それはわかるけど。
「現実世界に推しカップルができるなんて、はあ〜いいわ……あ、私実は中森さんのファンで」
「は?」
思わず聞き返す。私の?彼じゃなくて?
「この部署来てからずーっとお世話になってて、いろいろ教えてもらってるし、ミスした時は励ましてくれるし、いつも癒されてました」
はにかみながら、凄い早口で私に向かって言う。
「中森さんが指輪してきた時、お相手はどんな人なんだろうっていろいろもうそ……じゃない想像してたんですけど、まさか松永さんだとは……」
どういう意味だろう。やっぱり私じゃ釣り合わないのかな。
「冷製鉄仮面が姫に癒されて人間に……リアルおとぎ話……」
あ、そういうこと……いや姫って。
「あの、木原さん……」
うっとりし始めた木原さんに話しかけたら、ハッと正気に戻った。
「とりあえず周りにはまだ内緒ですよね?」
「うん、そうだね……」
チラッと彼を見たら、何かを言いたげにしてたけど、私を見て口を閉じた。
「わかりました。誰にも言いません。見守らせていただきます!」
「あ、うん……よろしくお願いします……」
彼が、ポケットから何かを出して、木原さんに渡す。
「口止め料」
コーヒーチョコ3粒。
それはあんまりでは、と思ったら、木原さんはぶふっと吹き出した。
「確かに受け取りました」
木原さんはそう言って自席に戻った。
彼と私も仕事に戻る。
木原さんはあと30分くらいで作業が終わるんだそうだ。私もその辺で終わらせることにする。
木原さんは、時々『ふふっ』とか『へへっ』とか低めの笑いを漏らしていた。