手を、つないで 〜ふたりの未来〜


 木原さんは、早苗ちゃんと同じく口は堅い。それは信じられるから安心なのだけど……。
「木原さんて、ああいう人だったんだ……」
 いつもの駅のホーム1番前。電車に乗る前に彼はそう言った。
「なにかでスイッチが入るとああなるんです。時々ですけどね」
「仕事の時とは全然違うね」
 電車に乗る。彼はいつものように、私をかばうように立つ。今日はドアの近く、座席のすぐ横。
「航さんと同じですよ」
 そう言ったら、彼は苦笑した。
「会社では鉄仮面、家では……」
 急に恥ずかしくなって、口が止まる。
「……家では?」
 彼が、私の顔を覗き込む。ちょっと意地悪をする時の表情。
「……優しい」
 小さな声しか出なかった。でも彼にはちゃんと聞こえたようで、照れくさそうに上を向いて息をつく。
 ふと、彼が私の後ろを見て、固まった。私は体勢的に振り向けない。
「どうしたんですか?」
「……うん……」
 彼は目を見開いて、固まったままだ。
 次の駅に到着するアナウンスが流れた。もうすぐ彼の最寄駅。
「広瀬と佐倉と谷垣がいる」
 えっ。
「向こうもこっち見てる」
 どうして。確か3人ともこっち方面ではないはず。
 電車が駅に入った。
「ああ、あいつらは降りるみたい」
 彼は、口調は優しいのに、顔は冷製鉄仮面だ。仕事中みたい。多分『余計なことは言うな』って目で言っているに違いない。
 ドアが開いて、人が降りていく。私たちはこのまま、私の家に行く。いつものように、彼が私を送ってくれるのだ。
「行った」
 プシューっとドアが閉まる。電車は静かに走り出した。
「私は、気付かれましたかね……」
「さあどうだろ。あっちからだと、多分頭しか見えてないだろうけど、わかんないな」
 彼も私も苦笑しか出ない。
「どう、しようか」
 明日、会社ではきっと凄い勢いで噂が広まる。
 私が気付かれたかどうかで、噂の広がり方は大分変わる。

 どうすれば、いいんだろう。
 でも、こうして会っていれば、そんな日はきっと来る。むしろ今まで誰にも会ってない方が奇跡的なんだ。会ってないだけで、誰かに見られてる可能性は充分にある。
 周りに迷惑をかけるかもしれないから、今まで隠してた。
 言いたいか、言いたくないか。
 それなら、答えは一つだけど。

「茉歩」
 そこまで考えたところで、彼の声。
「無理しなくていい。茉歩が気付かれてなかったら、今まで通りにしよう」
 彼の微笑みに、嘘は感じなかった。彼は本心からそう思ってくれているのだと思った。
「問題は、茉歩だって気付かれてた時だけど……」
「その時は、言います」
 きっぱり言った。
「中途半端な感じですみません。どっちにしろ、もう言ってもいいかなって気持ちもあるので、バレても堂々としてようと思います」
 うん、と自分に頷く。よし、決まった。
 彼は驚いた表情で私を見つめる。
 電車が、私の最寄り駅に着いた。降りて、改札を出る。
 道路に出たところの信号は赤。並んで止まる。
「いいの?」
 彼の声が聞こえて、隣を見上げる。彼も私を見ている。真剣な表情。
「言ってもいいの?」
 頷く。
「大丈夫です」
 そう言ったら、彼は笑った。破顔一笑。
 そうして、手を差し出す。
 私も笑顔で、手を重ねた。



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