手を、つないで 〜ふたりの未来〜
10.航
……おかしい。静か過ぎる。
次の日、出社した。
通常通り。誰にも注目されないし、遠目で見られる訳でもない。
昨日、彼女と一緒に帰っているのを、営業の広瀬、作倉、谷垣の3人に見られた。確実に見られたのは俺だけで、多分彼女は後ろ姿だけ。もしかしたら気付かれていないかもしれない。
そんな状態で、結構覚悟して出社したんだが……何もない。静かだ。
まさか、あの3人が3人とも休み?そんな訳ない。3人がいっぺんに休みなんて、ド平日にありえない。
不気味なくらいいつも通りの会社。いつも通り……高井戸がいない。今日は普通に出社予定。もう来ててもいい時間なのにまだ。寝坊でもしたか?
そう思ってたら、高井戸が来た。ドアから顔だけ覗かせて、ちょいちょいと手招きしてる。俺に向かって。
とりあえず行くと、そのまま会議室に連れて行かれた。
入ると、3人がいた。広瀬、作倉、谷垣。
「あのさ、確かめたいことがあるんだって」
高井戸が言う。
「俺に聞かれたんだけど、俺は答えられないから、本人に聞けってことで。よろしく」
よろしくって……。まあ昨日のことだよな。
広瀬が口を開いた。
「まず確認させてください。昨日、電車で会ったのは、松永さんですよね?」
「……そうだけど」
「ほら」
だから言っただろ、みたいな感じで他の2人に言う。
「だってあんなとろけた顔の松永さんなんて見たことなかったし……」
「松永さんが、あんな甘い顔するなんて……」
……作倉も谷垣も、一体人をなんだと思ってるんだ……でも、彼女相手だったしな。
「間違いなく松永さんだっただろ。その後冷製鉄仮面発動してたし」
広瀬……。
「一緒にいたのは、彼女ですよね?」
グッと広瀬が迫ってくる。
「……そうだけど」
正直に答えた。彼女は決意してくれたから。
「あの」
横から作倉も迫ってくる。
「間違いだったらすみません。彼女さんは、もしかして、なかもりさん……」
俺の反応を窺いながら、尻すぼみに声が小さくなっていく。
彼女の方は自信なさそうだ。やっぱり後ろ姿しか見えてなかったらしい。
「……そうだよ」
俺の後方、ドアの近くにいる高井戸が息を飲んだ。
前方では、3人が目を合わせている。やっぱり、という感じ。
「できれば」
声を発したら、3人から視線が集まった。近いから圧がある。後ろからの視線は、さっきから痛い程刺さってる。
「あんまり広めないでくれると助かる」
彼女は言ってもいいとは言ってたけど、騒がれるのは嫌なはず。俺も同じ。
3人は頷いてくれた。
「いや、言う気はなかったですけど」
「そりゃあの目を見たら……あ」
広瀬に続いた谷垣が口を閉じる。昨日の電車での『言わないでくれ』という念は通じていたらしい。
「俺達は、自分からは言わないけど、聞かれたら認めるつもりだから。ごまかしたり、嘘をついたりして隠す気はない。でも騒がれたくもない」
なるべくやわらかく伝えてる、つもり。彼女を参考にして。
「そういうことだから。よろしく」
頭を下げる。
ずっ、と音がした。
頭を上げると、3人ともビビッてる表情。さっきの音は、こいつらが後ずさった足音らしい。
「わ、わかりました。遠くから見守らせていただきます」
心なしか広瀬の声が震えてる。俺なにかしたか?
「じ、じゃあ、時間なんで、失礼します!」
「あ、俺も!」
「俺も、外出するんで、お疲れ様です!」
3人ともささっといなくなった。
え、俺なにもしてないよな。むしろ真摯に頭を下げたつもりだったんだが。
高井戸を見たら、苦笑している。
「『しゃべったらコロス』って空気出してたぞ」
「え、そんなことしてない」
「いや、あいつらにはそう伝わったな」
「ええー……」
自分のどこが悪かったのかわからないまま、会議室を出ることになった……。