手を、つないで 〜ふたりの未来〜
1週間程が過ぎた。
木原さんも営業の3人も、黙ってくれていたようで、時々なまあったかい視線は感じるものの、社内は平和だった。
急な仕様変更でのバタバタも落ち着いた金曜日。
高井戸と一緒に作倉と谷垣に捕まって、居酒屋にいる。後から広瀬も来るそうだ。
「松永さん、ビール来ましたよ、はいどうぞ」
「……どうも」
「高井戸さんも」
「おーありがと」
谷垣にビールをそれぞれ渡された。
まずは『お疲れ様』と乾杯をする。
「で、君達はどうな訳?」
ビールを一口飲んだ後、高井戸が言った。
「何の話ですか?」
きょとんとする谷垣と作倉。俺もなんだかわからない。
「今日は、松永の話を聞くための会だろ?まだ広瀬が来てないから、始めるのは可哀想じゃんか。だから、先に君達の話を聞こうと思って」
にっこり笑う高井戸。2人が焦る。
「どっちから?谷垣?作倉?松永さーんどっちがいいですか〜?」
俺にふるな。
「話したくなければそう言え」
「えーそんなあ」
「俺もそう言う」
「それアリ?」
頷く。アリにしないと、俺も言わなきゃいけなくなるだろうが。
「俺はなんでもしゃべりますよ。なんにもないんで」
何故か自慢げな谷垣。
「俺は……現在進行中です」
作倉。高井戸の誘導で話し出す。
「この前、松永さん達を目撃した後に、営業職の情報交換会に行ったんです」
「ふんふん、合コンな」
「情報交換会です。その時に知り合った人です」
「へー。で、現在進行中って?具体的には?」
「まだ一度食事しただけです。この後どうなるかもわかりません」
「向こうから?こっちから?」
「俺です」
きっぱり言う作倉。高井戸が驚いている。
「ずいぶんはっきり言うな」
「この前、はっきり言ってた松永さんがカッコよかったから、真似してます」
「へー。だって、松永先輩」
にやにやすんな。俺にふるな。
「美人で、キリッとしてる、デキる女って感じでしたよ」
谷垣が無邪気に報告する。
「へー……あっ広瀬」
個室の入り口、引き戸の格子越しに広瀬の顔が見えた。高井戸が手を振る。
「お疲れ〜」
広瀬が息を切らしてる。走ってきたのか?
「遅くなってすみません」
「おーまだ始まってないぞ、松永の話」
「あっ良かった、間に合った」
「待ってたんですよ、メインは広瀬さんが来てからって」
……コース料理か。
「はい、じゃあメインメイン」
タブレットで注文を終えた広瀬が言う。
「飲み物が先だろ」
「すぐ来ますって。で、いつから付き合ってるんですか?」
ささやかな抵抗はサラッと流された。
3人は興味津々で俺を見る。高井戸はしれっと肉じゃがを食べてやがる。
「……半年くらい前」
へえーと3人して同じ反応をする。コントみたいで、そこはおもしろい。
「もう言わない」
「そんなこと言わないで!」
「どっちから言ったんですか?」
「だから言わない」
「俺も言ったんですから松永さんも言ってくださいよ」
「……言わない」
「ずるい!」
会話は混戦状態になり、俺は黙秘に徹した。
営業の人達は、さすが会話が上手い。感心してる場合じゃない。油断してると、高井戸も混ざってきていろいろ聞き出されてしまう。
普段はどうやって会ってるとか、忙しい時の連絡頻度とかを引っ張り出された。営業も忙しい時が多いから、それが理由でフラれてしまうこともあるらしい。
「仕事優先にしてる訳じゃないんですよ。でも会えないのが続くと、付き合ってる意味ないって言われたりして」
広瀬の愚痴は、ここにいる全員が一度は経験があった。
「松永さんはずっと忙しいし、中森さんも結構ですよね。そういうのないんですか?」
彼女の誕生日の一件を思い出す。あれも忙しいのが原因の一つだったな。
「週末は空けるようにはしてるよな、松永は」
「まあ……」
「付き合い始めてからな。それまではずーっとずーっと仕事してたもんなー」
うるさいな高井戸。
「あーそのイメージありますよ。毎日最後まで残ってて、時には朝までいるとか」
「いつも忙しそうだから飲みにも誘えないって、女の人達がぼやいてるの聞いたことあります」
「そこをどうやって乗り越えたんですか、中森さんは」
彼女は、俺が忙しい時は落ち着くまで待っててくれる。そして、大抵俺が耐えられなくなって、会いに行く。残業後、彼女の家に行くことが多い。遅い時間でも、彼女は笑顔で出迎えてくれる。
彼女が忙しい時は、俺も待つ。この時は、何があっても耐える。彼女の邪魔はしたくないから。
一段落したら、2人でおいしいものを食べて、ゆっくりのんびりする。この時間があるから耐えられる。
「……乗り越えてない」
ぼそっと言ったら『?』の空気が流れた。
そのままビールを飲んでジョッキを空ける。タブレットを取る。今日はビールだけにしとこう。
「誰か、一緒に頼む?」
聞いたら、『?』の呪縛は解けた。
「俺、ビール」
高井戸が言うので一緒に注文する。
「で?」
タブレットを戻したら、高井戸が聞いてくる。
「なんだよ」
「『乗り越えてない』ってなに?あっちから誘われることはなかったってこと?ってことは、松永から?」
「いや、そういう意味じゃない」
「じゃあどういうこと?」
そのまま言うのは恥ずかしいし、言いたくない。彼女とのことは、自分の中だけに取っておきたい。
うわ、重たい。と自分で思ってしまった。そのせいか、口が緩んだ。
「忙しい時は、待つから。お互いに」
言ったら、また『?』の空気になった。俺、変なこと言ったか?
「それは……」
広瀬がうめく。高井戸は笑い出した。
「違う違う、どうやって『忙しい』のハードルを越えて付き合うようになったかって聞いてんの」
あれ?
「今どうしてるかの話じゃないよ」
「なんか……凄いノロケ聞きました……」
「やっぱノロケる時は鉄仮面外れるんですね」
「ほら、この前の電車の顔だったろ?」
広瀬の言葉に、うんうんと頷く作倉と谷垣。なんか凄く恥ずかしい。
ビールが来たので、ごまかすように飲んだ。
……ちょっと飲み過ぎかもしれない……。