手を、つないで 〜ふたりの未来〜
外の冷たい風が、頭を冷やしてくれると思っていた。
全然だ。イライラはおさまらない。
なんでもっとうまくできないんだ。少しでも笑えば良かったんだ。そうしたら彼女を安心させられた。なにかいい言葉はなかったのか。ドアを閉める前に一言でも、なにか。自分の不器用さが情け無さ過ぎる。
なんで誕生日を聞いてなかったんだ。1番最初に聞いてもいいことじゃないか。抜けてるにも程がある。
誕生日、自分でも忘れてたってことは、夜まで誰からも『おめでとう』って言われなかったってことだ。三上さんは何してたんだ、1番仲いいんだろ。ああ、てことは知らない可能性が高いな。知ってたら、きっとにこにこしながら『まっほーお誕生日おめでとう』って言う筈だ。
1人で過ごさせてしまった。それは彼女にとってはなんでもないことかもしれない。でも、俺は一緒にいたかった。抱きしめて『おめでとう』って言いたかった。生まれてきてくれたことに感謝したかった。
気が付いたら、駅前まで来ていた。考えごとをしていても、足は動いていたらしい。赤信号で止まる。
メッセージを送ろうか。スマホを出して、画面を見る。
いや、まだ俺の中にトゲは刺さったままだ。下手をすると、彼女に向いてしまう。
思い直して、スマホをしまう。
信号は青になった。
足を踏み出そうとしたら、くんっと体が引っ張られる。同時に、ひどく荒い息が聞こえた。
振り向いた。
彼女だ。彼女が『肩で息をして』なんて表現じゃ追いつかないくらいゼーハーしてる。
「えっ、中森さん?どうしたんですか⁈」
こんな彼女は初めて見た。髪が乱れてる。まだ呼吸は収まらない。俺のパーカーの裾をつかんで、必死に息をしている。何か言いたそうだけど、声も出ないんだろう。
「大丈夫ですか?」
聞いてはみたけど、返事は期待してない。
彼女は微かに頷くだけだ。力が抜けてきたみたいで、腰を曲げた。
俺はパーカーの裾をつかまれてるから、首しか彼女の方を向けない。
「……ごめ……なさ……」
彼女の口から、やっとそれだけが聞こえた。
追いかけてきてくれたんだ。家から。こんなに走って。声も出なくなるくらい。立っているのがやっとなくらい。
トゲがすうっと消えていく。
代わりに、丸くてふわふわした何かが、俺の中を満たしていく。
彼女の手を包んだ。力は入らない。ふわふわした何かは、手にも満ちている。
手を引いて、支えた。抱えて、背中をさする。どこか、座れそうなところはないか。
「あっちのベンチに行きましょう」
すぐそこに駐輪場があって、脇にベンチがあった。彼女を支えながら、そこまで歩いた。彼女はやっと歩いている感じだ。こんなになるまで、走ってきてくれた。俺に追い付くために。
座らせると、少し楽になったようだった。息をつく間が長くなった。
「……すみません……ご面倒を……」
それでも声はガラガラだ。
「無理にしゃべらなくていいです」
それよりも休んでほしい。あとは……。
周りを見る。自販機があった。
彼女に飲み物を、と思って一歩踏み出そうとしたら、またくんっと引っ張られた。
「あのっ……」
振り向くと、彼女がパーカーの裾をつかんでいる。置いていかないで、と顔に書いてあるみたいだ。
思わず笑ってしまった。
「飲み物買ってきます」
もう一度、手を包み込んでパーカーから外す。
「あ……すみません……」
彼女が、顔を赤くしてうつむく。
可愛くて、思わず手が伸びた。彼女の頭に、そっと手を置く。
「すぐ戻ります」
自然に、笑顔が出た。彼女も、やっと安心したように、笑った。