Secret Happiness Kiss/シークレットハピネスキス

第6話 スカウト

 病院の次の日。
『一週間後にスカウトの人が来て話し合うことになりました。体調が良ければ、いつもの貸し切りスタジオに朝9時に集まってください』とアツシから連絡が入る。


 スカウトが来る日までは、初めての長期休みで寂しい気持ちを胸に過ごしていた。
 一週間が過ぎて、緊張しながらスタジオの扉を開くと、病院以来会っていないチハルは笑顔いっぱいで出迎えてくれた。

「鈴華さんー! おはよう!!」
「おはようチハル!」

 あの日以来、連絡もしていなかったのでずっと心配だったが、ニコニコしている姿を見られて心配な気持ちはどこか遠くへ飛んでいった。

 ユキトとマサトにも挨拶を交わしたが、スタジオにアツシの姿は見えない。

 来て早々、お客さんを迎える為の準備に取りかかり始める。
 いつも使っているスタジオは、月額で毎回貸し切って使用しているため、許可を貰って家具など家電製品を置かしてもらっている。テーブルを綺麗に拭いたり他の準備を終えると、休んでいるマサトに話し掛けた。

「そう言えばこの間の会議って、あれからどうなったの?」

「あーごめん、まだ説明出来てなかったね。鈴華ちゃんが病院に向かった後、複数きたスカウトから候補を絞って、選んだ二人が今日来るんだ。一人目は、複数きたスカウトで一番大きい中規模の事務所なんだ」

 一人目の紙を渡されて確認すると驚いた。
「えー凄い!! ここ私でも知っている所だよ。最近有名になったグールプが所属しているところだよね。次はどんな所?」

「二人目に来るのは、まだ事務所を立ち上げていない人なんだけど、その人は8回もライブを見に来てくれたんだ。少しお話する機会があって話したんだけど、印象も良かったんだよね。アツシは二人目の人を候補から外していたけど、説得したら話しだけ聞いてみようってことになったんだ」

「マサトが説得するぐらい良い人なんだ。ちなみに、スカウトの二人は何時ぐらいに来る予定なの?」

「一人目は10時から始めるから、そろそろかな? 二人目は11時からだよ。一人20分を目安に話し合いをする予定」

 マサトと話している最中、アツシが資料のような物を持ちながらスタジオに入った。挨拶をすると「今日はよろしくね」といつも通り余裕な笑みを浮かべていてた。


 時計の時刻が9時45分になり、スカウトが来る前に皆に告げる。
「そろそろ時間が近づいたので、お茶の準備ができ次第外に出ますね」

 私が思っている反応とは違い、皆は驚いた表情を見せるとユキトは近づいた。

「鈴華さんはもうメンバーだから同席していいんだよ」優しい笑みで伝えてくれ、周りを見渡すと皆も歓迎の笑みをしている。

 その言葉が凄く嬉しくて、胸が高鳴るのを感じた。
「ありがとう!」

「じゃ。そろそろ来る時間だから気を引き締めて行こう」

 アツシの掛け声で、皆は服をピシッと整えて準備を始める。
 私は冷蔵庫から水を取り出して、電気ケトルに注ぐとスイッチを押す。お湯が湧き上がり来るのを待ったが、約束の時間になっても未だ来ない。

 予定の時間から20分過ぎても来ず、アツシからの電話も出ない。スタジオの空気が時間と共に重くなっていた。

「ちょっと俺外で待ってみるよ」

 マサトがスタジオを出ると、次に扉が開いたのは、約束の時間から45分過ぎた頃だった。目の前に居た人は、少し小太りで身長が172センチの優しい人柄の50代の男性だった。

「初めまして松村(まつむら) (しげる)です。本日11時から予定です。少し早く着いてマサトさんに案内されました。」

 メンバーが挨拶をしている中、扉を叩きながら「遅れましたー!! 開けてください!」と声を上げるのが聞こえる。

 アツシが戸惑いながらゆっくりと扉を開けると、そこに居たのは若い社会人だった。

「あれ? 二人するのは聞いてたけど、もう来たの? じゃまだ自分の時間なので先お願いします」

 どうやら一人目の人みたいだ。遅れてきたのに態度が悪く、謝罪の一つもない。マサトは若い社会人に近づき話し掛ける。

「あの申し訳ないんですけど、予定では10時からの話し合いで20分前後と連絡したと思うのですが……何か問題でもありましたか?」

 若い社会人はマサトの話を聞いて溜息を吐き告げる。
「貴方マサトさんだっけ? さっきまで君たちより才能がある人達をスカウトしてたんです。君たちは、私達の事務所に入りたくないんですか? いいからささっと始めましょう」

 メンバーは失礼な態度をとる人に怒りが沸いたが、松村さんだけは違った。

「私は元々11時からなんで、先に話してください」と若いスカウトの背中を優しく叩く。
「分かれば良いんだよ。じゃ始めましょう」

「良いんですか? 松村さん」
「大丈夫ですよ、マサトさん。まだ着いたばかりで緊張していたので気にしないでください」

「鈴華。廊下の通路に椅子を出して、終わったらこっちに来てお茶出して欲しい」

 私はアツシに言われて廊下に椅子を出してから、若いスカウトマンにお茶を出すと、悪態をつきながら断られてしまう。

 廊下に出て椅子に座っている松村さんにお茶を持って行く。
「すみません。このスタジオ、キッチンの水道がなくて紙コップなんですけど、良かったらお茶どうぞ」
「ありがとう。失礼ですが貴方のお名前を伺ってもいいですか」
「私の名前は鈴華です! Happinessでお手伝い係みたいな役割をしています」

 お茶を頼まれて注ぐと、松村さんは笑顔で美味しいと言ってくれて少し世間話をしている時、突然「バッン!!」と机を強く叩く音がした。慌てて向かうと、マサト達がアツシの事を必死に押さえている。

「お前らはただのガキなんだから、権利を全部渡して収益も全部こっち側が持つ代わりに、タダで作ってやるっていってんだよ!」
「俺達は命燃やして戦っているんだ! ガキじゃねぇーんだよ」胸元を掴みながら「舐めんじゃねぇ」と言い放つ。

 マサトは今にも殴りかかりそうなアツシを必死に押さえ込んでいる。
「おい。アツシそこまでだ!」

「お前らには才能がない!! 実力が足りないガキがしゃしゃってんじゃねぇ」

 その言葉を若い社会人がはっした瞬間。廊下のドアを強く開けて、松村さんがスカウトマンに近づく。
「聞き捨てなりません。原石を貴方みたいな汚い大人に、汚されたくありません。帰ってください!」そう放つと、スカウトのポケットに手を突っ込む。出て来たのは小さいマイクだった。

「おい! なんだこれは!? 俺の物じゃないぞ」
「これは録音のマイクです。貴方の務めている事務所は礼儀正しいところです。なのに態度が悪く、怪しいため録音させていただきました。貴方、もしかして会社とバンドを騙して中抜きしていますよね? この音声データは事務所の上に渡します。良いから早く失せなさい」

 それを聞いたスカウトは、青い顔をしながら慌ててスタジオを後にした。
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